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表紙

道しるべ  17 飢えた少年


 そこへ、ちらちらと光が近づいてきた。 ウィリーがたいまつを持ってきたのだ。
 イアンの前にいる影が、すぐに逃げようとした。 とっさに、イアンはその後姿に手を伸ばし、服の一部を掴んだ。
 ぐいっと引き止められて、影は小さく叫んだ。
「何するんだ! 離せ!」
「待てよ。 どうせ腹を空かせてるんだろう?」
 影は黙った。 イアンは相手の肩を押し、大柱の裏に突っ込みながら耳元で囁いた。
「ここでじっとしてろ。 酒を運び終わったら、食い物を持って戻ってくる」


 飢えは、たまらない辛さだ。 穀物が畑から消え、雪で密猟がしにくくなる冬には、イアンも数日間空腹を抱えて、部屋にうずくまっていたことがあった。
 だから、かがり火の傍に戻って酒を配っている間でも、酒蔵の前に隠れている一人ぼっちの少年を忘れなかった。
 そして、大部分の兵士が酔いつぶれた頃を見はからって、残り物をかき集め、袋に入れた。


 もう逃げ去ったかもしれないと、半ば思っていた。 しかし、イアンが一人で建物の裏側に回ると、丸太を荒けずりした大柱の陰で、かすかな衣擦れの音が聞こえた。
 人を信じやすい性質なのか、それともよほど心細かったのか、僧院からの逃亡者は月が樹上から空のてっぺんまで上る間、ずっと待っていたらしかった。
 その信頼が、イアンにとって意外なほど嬉しかった。 思わず足が速くなり、あっという間に倉庫の前にたどり着いた。
 影は現れず、息を潜めていた。 イアンは首を突き出すようにして、低く呼びかけた。
「おい、セント・ジェームズから逃げてきた奴、まだいるか?」
 反応は、ただちに来た。 がさごそと荒い布地が擦れる音がして、少年が柱の裏から現れた。
 その姿を見たイアンは驚いた。 これが子供? 並みの大人よりデカイぞ。
 デカイ少年は、イアンに駆け寄るように近づいて、手を伸ばした。 手のひらも相当な大きさだ。 持ってきた袋を載せながら、イアンは反射的に言っていた。
「俺よりノッポじゃないか。 幾つだ?」
「十五歳、だと思う」
 相手は低音で答え、袋をまさぐると、手当たり次第取り出して、がつがつとかじった。
 急ぎすぎて、喉につかえそうだ。 イアンはエールの壷を渡してやった。
 彼が三つ目を食べ出した頃合を見て、イアンは尋ねた。
「名前は?」
 少年はすぐに答えた。
「トム。 トマス・デイキン」













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