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表紙

道しるべ  16 逃亡者の影


 その日は夜まで好天が続き、小規模な狩の会は大成功だった。
 サイモンは、たっぷり捕れた獲物を料理させ、さっそく晩餐の席に出した。 宴は深夜まで続き、大きな建物一つ隔てた兵舎にも、たいまつの反射と賑やかな騒音が届いた。
 少し経つと、宴会場で余った料理の残りも持ち込まれるようになり、兵士たちは庭にたむろして焚き火を囲み、大いに歌って騒いだ。 イアン達少年組も、大人の周りにいれば食べさせてもらえた。 その代わりにいろんな雑用を命じられるのは、いつもと同じだったが。


 大きな鹿肉をあぶっている連中に、酒をもっと持ってこいと言われたイアンと仲間のウィリーは、第二酒蔵へ急いだ。 そこは並かそれ以下のワインや、安物のエールが詰め込まれている場所で、領主専用の上等な酒用の蔵とは分けられていた。
 塔をぐるっと回っていくと、そこは真っ暗な世界だった。 大きなかがり火も、塔の裏側までは照らしていない。 ウィリーは気をきかして、手近なたいまつを探しに戻った。
 だが、イアンはウィリーよりずっと夜目がきいた。 日暮れてから森にこっそり入り、罠を仕掛けた経験があるからだ。 それで、相棒を待たずに、アーチになった酒蔵への降り口に近づいていった。
 洞穴のように一段と黒く見えるアーチの中へ、イアンが足を踏み入れようとしたとき、彼は人の気配を感じた。
 誰かが息を潜めている。 まったく身動きしないが、追い詰められた野生動物のような緊張と怖れが伝わってきた。
 攻撃性は感じられなかったので、イアンはそのまま無視して通り過ぎようかと一瞬思った。
 しかし、考えてみると間もなくウィリーが灯りを持ってやってくるはずだ。 どっちみち、隠れている人間は見つかってしまう。 イアンは地下へ傾斜している入り口の前で止まったまま、低い声で言った。
「何こそこそしてるんだ? 泥棒か?」
 わずかな間を置いて、ささやき声が返ってきた。
「違う。 修道院から逃げてきたんだ」


 セント・テニアン村近郊には、新しくできた尼僧院だけでなく、古くからの男子修道院も存在していた。 院長のマーティン・ブリュワーは厳格なので有名で、見習僧侶は容赦なくこき使われているという噂だった。
 まだ半分用心しつつ、イアンはまた尋ねた。
「城へ逃げこんで、どうしようっていうんだ? ここにも楽な仕事なんかないぞ」
 すると、影の声はむきになった。
「俺は骨惜しみなんかしない! それに力も強い。 下働きでも何でも、がんばってする!」













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