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表紙

道しるべ  12 久しぶりに


 豊かな館の庭は、もはや雨が降るとぬかるみになる剥き出しの地面ではなく、平らな敷石が一面に敷かれていた。
 ここら辺一帯はイングランドでは北の方で、冬は北海から野原を越えて吹き寄せてくる風が冷たい。 だが今は夏だ。 もう間もなく木の葉が色づき出すとはいえ、まだ太陽は長く空にとどまり、物見やぐらの影も短かった。
 イアンはクリントに促されて、主館を半周し、裏階段を上がった。 領主サイモン・カーの居室は三階にあるが、そこでクリントの足は止まらず、次第に細くなる階段を更に上へと進んだ。


 やがて二人は屋上に出た。 蝋燭の炎の形をした矢避けがぐるりと壁の上部に並び、昔の無骨な屋根とは違う垢抜けした飾りの役目をしていた。
 その広々した砂岩の空間に、サイモンが立っていた。 絹で縁取りしたマントが風にひるがえり、均整の取れた長身のシルエットがちらちらと見えた。
 クリントに続いてイアンが上がってきたのを見ると、サイモンは姿勢を正し、もっとも年長の息子をじっと眺めた。 父と子が顔を合わせるのは、去年の春、サイモンが領地の森で鹿狩りをしたとき以来だった。
 そのときと同じように、イアンは実の父を見ても無表情なままだった。 ただ、もう十四という年になったので、帽子は取って頭を下げた。
 サイモンは、なかなか少年から目を離せずにいた。 やがて、張りのある深い声が、二十フィートほどの距離を越えてイアンの耳に届いた。
「背が伸びたな」
 イアンは無言だった。 わかりきったことには答えない。 第一、質問とは思えなかった。 ただの事実の確認だ。
「お前はもう十四歳と二ヶ月だ。 母親の血筋から言っても、騎士見習に入るのが適当だろう。 すでに遅すぎるぐらいだ」
「俺が?」
 栗色の眉を上げて、イアンは問い返した。
「父親か親戚の紹介がなければ、ふつう修業には入れません。 俺にはどちらもいませんから」
 とたんにサイモンの唇がぴりっと震えた。 だが、言葉はなかなか出てこなかった。
 居心地の悪い沈黙が続き、終いにクリントが助け舟を出した。
「上司が推薦してもいいんだぞ。 まずわたしの部下に入ることだ。 ただし、幼いときから顔見知りと言っても、手加減はしないからな」













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