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表紙

道しるべ  9 消えた母親

 ほんの数分の差で、イアンは間に合わなかった。
 息せき切って家にたどりついたとき、表戸は開け放たれ、母の姿は狭い室内のどこにもなかった。
 それでも、イアンは飛び込んで探した。 壁際に置かれた衣装櫃を開けてみると、空になっていた。 彼らは母に服を持っていく時間を与えたのだ。
 さらわれたんじゃない。 強引に連れて行かれたんだ。
 そうだとすると、行く先は想像がついた。 イアンは粗末な暖炉の側面に手を入れ、隠してあるナイフを出して懐に隠した。 同じところにしまってある金も無事だった。
 あんなに欲しかった肉をテーブルの上に放り出したまま、イアンはまた外へ走り出た。 すると、森の小道から一頭の馬が現れ、ゆっくりした足取りでイアンに近づいてきた。


 黒い馬に乗っているのは、肩幅の広い堂々とした偉丈夫だった。 濃い茶色の髪を耳まで伸ばし、鼻下に髭を蓄えている。 貴族にしてもおかしくない立派な風貌だが、実は叩き上げの兵士で、去年ようやく騎士に受勲されたばかりだった。
 彼を見ると、イアンは立ち止まった。 口元が強く引き結ばれ、目が光った。
「クリント」
 男は頷き、体を曲げて馬上から手を差し伸べた。
「つかまれ」
「嫌だ!」
 クリントと呼ばれた男は苦笑いを浮かべ、そのままの姿勢で少年に呼びかけた。
「行くところは他にない。 逃げる気はないだろう? 母親のいるところが、おまえの居場所だ」
 イアンは亜麻色の髪を振りたてて叫んだ。
「奥方が亡くなったばかりだろう! その日に母を連れていくなんて、死者に恥ずかしくないのか!」
「あくまでもウィニフレッドさんを保護するためだ」
「言い訳はどうにでもなるよな」
「ぼうず、いつまでもぐだぐだ言ってないで、さっさと乗れ。 前かがみでいると腰が痛いんだ」
 イアンは小さく舌打ちした。 それでも、クリントの言葉が正しいのは承知していた。 彼は他の兵士をウィニフレッドと行かせ、わざわざ一人でイアンを待っていてくれたのだ。 クリントは昔から、そういう思いやりのある男だった。
 領主サイモン・カーの館まで四マイル半以上ある。 どうせ連れていかれるなら、クリントの愛馬ネロの逞しい背に揺られていくのは悪くなかった。 イアンは覚悟を決めて、クリントの手に掴まった。














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