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道しるべ  7 思いつきで


 やむなく、イアンは馬上を見上げ、両手を差し伸べた。 すると再び眩〔まばゆ〕い金髪が目に入り、思わずまばたきした。
 モードは遠慮なく、彼の腕の中に飛び降りた。 そして、細く見えたその腕が、びくともせず受け止めたので、満足そうな笑みを浮かべた。
「強いのね、イアン。 他の子みたいに垢じみてもいないし」
 イアンはモードを降ろしてすぐ手を離したが、モードは彼の前に立ったまま、熱心に話しかけてきた。
「今思いついた。 うちの城で働かない? まだ来たばかりで、人手が揃わないのよ」
 イアンの澄んだグリーンの瞳が、きらっと光った。 だが口に出しては、こう言った。
「それはお父上が決めることでしょう?」
「あら、お父様は私の望みなら聞いてくださるわ」
 少女は事もなげに答えた。 一人っ子の無邪気な自信を込めて。
 イアンは一歩退き、丁重に答えた。
「それでも領主様のお許しが出ないと。 グランフォートだけでなく、ここの伯爵様のも」
 モードは真顔になった。 口元が引きつれ、急激に不機嫌になってきているのがわかる。 護衛の二人が目を見合わせたが、一人がかすかに肩をすくめただけで、何もしなかった。


 そのとき、カタンという音をさせて、大扉の覗き窓が開いた。 前に立つ四人は、一斉に振り向いた。
 尼僧の顔が半分ほど覗き、囁きに近い声が問いかけた。
「どなた方ですか?」
 護衛の一人が進み出て、横柄に言った。
「こちらは新しいグランフォートの領主のお嬢様だ。 寄付をわざわざ持参してきたので、すぐ門を開けていただきたい」
「少しお待ちください」
 尼僧は慌てず、凛と言い返した。
「院長様に伺ってきますので」


 再び覗き窓が閉まったとたん、モードはかんしゃくを起こした。
「何よ偉そうに! いつまでここで待たせておく気なの? こんな山の中のちっぽけな尼僧院が、ウェストミンスターの枢機卿並みに威張ってるなんて!」
 足を踏み鳴らして振り向いたモードは、いつの間にかイアンの姿が消えていたため、ぽかんと口を開けた。


 イアンは素早く丘を半周し、しっかりと握りしめていた銀貨を調べた。 確かに本物だ。 これでいくらかは、無くした金貨の埋め合わせができた。 早く家へ戻らないと、一人でいる母が気がかりだ。
 疲れた足に鞭打って、イアンは雑多な草の茂る草原を、猟犬のように駆け出した。








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