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表紙

道しるべ  6 話好きな娘


 この土地はヨークシャーの北に位置していて、西へ二十マイルも行けばペニン山脈に突き当たる。 平地の多いイングランドにあっては、高台のほうだった。
 だから丘があちこちにあった。 これから向かうセント・イザベル女子修道院も、そういった丘の二つに挟まれて、中腹に建っていた。
 まっすぐ前を向いて敏捷〔びんしょう〕に進む少年の背中を見ながら、少女は澄んだ声で盛んに話しかけた。
「村の人ではないわね。 ここの子供たちは私を見るとぺこぺこするもの」
 聞こえなかったように、イアンは古代ローマ人が残した低い石垣の残骸をまたいで、左へ曲がった。
「私ね、尼僧院にお布施〔ふせ〕を持っていくの。 それに、セント・オーガスティンで頂いた気高い聖イザベルの像も。 きっと尼僧長さま喜んでくださるわ」
 岩陰に身をひそめていた赤狐が、馬とイアンの足音に耐えられなくなって、矢のように飛び出て潅木の中に逃げこんだ。
 またも返事がなかったため、少女はじれて、声を荒げた。
「ねえ、なぜ黙っているの? 名前ぐらい言いなさいよ」
 イアンは目を細めた。 先ほどから馬に合わせて早足で進んでいるので、そろそろ息が切れてきている。 それでも口調を整え、平静に答えた。
「イアンです、お嬢さん」


 少女は機嫌を直したらしい。 声をまた穏やかにして、自分も名乗った。
「イアン? あまり聞かない名前ね。 私はモード。 今度グランフォートの領主になったサー・レイモンド・デシャネルの娘よ」
「わかりました、レディ・モード」
 イアンはおとなしく言い直した。 モードとはマティルダの愛称で、フランス風の略し方だった。
 ウォルドとベッカと呼ばれている二つの丘の間に入ると、尼僧院はすぐ見えた。 イアンは速度を緩め、灰色の建物を指差した。
「あそこです」
「よし」
 護衛の一人が投げてよこした金を、イアンは上手に受け取った。 そして、来た道を戻ろうとしたが、モードが許さなかった。
「あら、ちゃんと入り口まで連れてって。 頼まれた仕事は最後までやるものよ」
 仕方なく、イアンは踵を返して三頭の馬についていった。 ただ、今度は後ろからゆっくりと。


 セント・イザベル女子修道院は、そう大きい建物ではないが、高く頑丈な塀に囲まれていた。 門も陰気なほど大きく、開け閉めできるようになった小さな覗き窓がついている。
 その大門の前に馬を乗りつけたモードは、さっと降りた護衛たちではなく、後から来るイアンを待って、両手を差し出した。
「さあ、降ろしてちょうだい」








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