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道しるべ
5 依頼されて
イアンは緊張して、すぐ体を起こすと立ち上がった。
馬に乗るのは騎士の特権だ。 そして騎士や兵士は一般の民にとって、ありがたいより災厄になるほうが遥かに多かった。
すぐに蹄鉄の音が近づいてきて、三頭の馬が丘の裾を曲がって姿を現した。 二頭の大きな馬が、真中の小型馬を挟むようにして護っている。 この配置には見覚えがあるな、と、イアンが漠然と考えたとき、一行は彼の前で不意に手綱を引き締め、ほとんど馬を竿立ちにさせて足を止めた。 盛大な土ぼこりが舞いあがって、イアンを直撃した。
それでもイアンはたじろがず、少し足を開いて踏みこらえた。 すると、真中の小さな馬が二歩進み出て、鞍〔くら〕の上から高い声が降ってきた。
「訊きたいことがあるの。 顔を上げて」
かわいい声だった。 小馬に乗るぐらいだから、まだほんの少女だろうに、甘い響きまで感じられて、イアンは戸惑った。
ゆっくり馬上を見上げると、当惑はますます大きくなった。 まず視野に入ってきたのが、これまで見たことがない輝きを放って少女の顔の周りに広がっている黄金色の髪だったからだ。
当時の農民は帽子や頭巾〔ずきん〕で髪を覆っていることが多かった。 しかも、宗教上の理由や迷信などのせいで、ろくに体を洗わず、髪は油じみてベットリと頭に張りつくか、または艶なく乾燥して干草のようになっているのが普通だ。
だが、この子は違った。 清潔、とまでは行かないが、さらっとした髪はそよ風に軽くなびき、やわらかく波打っていた。 まるで熟した小麦畑のようだった。
イアンが眩しげに目を細めると、少女は満足そうに微笑んだ。 赤い唇がカーブを描き、並びのいい歯が覗いた。
「私、尼僧院へ行きたいの。 セント・イザベルへ。 ねえ、案内してもらえない?」
イアンはじっと少女に視線を据えたまま、何も言わなかった。 すると、向かって右横にいた大柄な兵士が、腰に下げた袋から硬貨を出して、指先でくるりと回して見せた。
「ただで行けとは言わない。 これでどうだ?」
少女はムッとして、金髪を後ろに放りあげて兵士に向き直った。
「待ってよ。 そんなことしていいと誰が……」
「案内しますよ」
イアンの返事で、彼女は苦情の腰を折られた。 彼は時間を無駄にせず、さっさと歩き出した。
三頭の馬の乗り手は、少しためらった後、急いでイアンの後を追った。 少年はすたすたと道の外れまで行き、そこからは野原を横切る最短距離を取って、すばやく歩いていった。
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