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表紙

緑の騎士 -98-
 十五日の朝は曇天で、ときどき霧雨がもやのように視界を灰色に染めた。
 エドムントの居城マルトリッツは、表面静かで日常と変わらなかったが、外回りと城壁の上では着々と防備が進められていた。
 正面の門では、最近使われずに錆びついていた格子の落とし戸を磨き、鎖を点検した。 塀の矢狭間〔やはざま〕には、実戦さながらに兵士がはりつき、うまく身を隠して素早く矢を矢筒から抜いて構える演習を行なった。
 また、接近戦に備えて、騎士たちには一丁ずつ銃が渡された。 フス戦争で銃を効果的に使ったボヘミア軍に西欧騎士団が敗れた話を聞いて、新しもの好きのエドムントが買い揃えておいた新兵器だった。


 中途半端な長さの鉄筒を引っくり返してジロジロ眺めながら、新入りの騎士ゴドフレートがぼやいた。
「どう使うのか、さっぱりわからん。 こう持って、敵をぶん殴るのか?」
 たまたま階段を降りてきたロタールが、まだ訓練を受けていなかった三人の若い騎士を裏手に引き連れていき、屋根のある鍛冶屋の作業場で、火皿に火薬をそそいでから、細い縄に点火するやり方を教えた。
「筒先を敵に向け、この引き金に指を当てて強く引くんだ。 しっかり構えておかないと、反動で銃が手から飛び出すので、気をつけろ」
「面倒な代物ですね。 これなら弓のほうが遥かに手軽だ」
「それに、弓は命中率も高い。 だが、こいつは大きな音を立てるから、相手がびっくりして腰を抜かすという効果がある」
 ロタールのひょうきんな言い方に、若い騎士たちは声を立てて笑った。




 午後になって、細かい雨は止み、雲が切れてきた。
 空から筋を引いて道を照らす夕日の中を、一頭の馬が荒い息を吐きながら駆け抜けてきた。
 城の前庭に飛び込むと、馬上の使いは門衛に叫んだ。
「扉を閉めろ! 格子戸も下ろすんだ! リーツ城から軍勢が出てきたぞ!」


 前庭は、たちまち騒がしくなった。 ベックマン守備隊長の指揮で、兵士たちはそれぞれの持ち場につき、騎士たちも慌しく鎧を着込んだ。
 やがて、何箇所かに分けて常駐させていた見張りが、次々と戻ってきて報告した。
「敵は百二十人ほどで、大砲と破城槌も運んでいます」
「途中から馬車が二台合流しました。 他に、小隊が分かれて川に出た模様です」
「森に入った分隊も目撃されています!」


 エドムントは、ゆったりしたチュニックの下に鎖かたびらだけを着て、険しい表情で窓に近付いた。
「来ると言った日より一日早いではないか。 不意をついたつもりなのか?」
「訪問ではないというのでしょう。 いよいよ牙をむき出してきたのね」
 背後からエドムントに帯を渡すグロート夫人の顔も、決然としていた。







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