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表紙

緑の騎士 -96-
 二分ほどして、並みの大人より小さくほっそりした影が、焼け落ちかけた建物の前を走り抜けた。
 少年は、大木の前に倒れているディルクにまっすぐ向かった。 そして、投げ出された足元に到達すると、右のふくらはぎを掴んで揺すぶった。
「何やってるんですか。 早く帰りましょうよ。 奴らはとっくに行っちまって、誰も残ってません。 近くの人が火事を見に来て、火つけ犯と間違われたらどうします?」
 ディルクは再び仰向けになった。 まだ肩が波打っている。 彼が大きく口を開けて溜まっていた息を吐いたのを見て、ペーター少年は顔をしかめた。
「笑ってる場合じゃないですよ。 ついでに殺されたかもしれないのに」
 ハアハア言いながら、ディルクは上半身をようやく起こし、膝を叩いた。 爆笑をこらえていたため、胸が痛かった。
「わかった、帰ろう。 馬は?」
「あっちの木陰に」


 二人の姿は、すぐ闇に紛れた。 待たせた馬を軽く叩いてなだめながら、ディルクが尋ねた。
「俺を尾行してきたのは誰だった?」
「カスパルです。 城の雑用係ですよ。 人なつっこくて聞き上手なんです」
「スパイにはぴったりだな」
「そうですね」
 二人は目を見交わして頷き合った。
 すぐに揃って馬に乗ると、主従は轡〔くつわ〕を並べて夜道を進んだ。
 従者のピーターは、角を曲がる前に振り返って、まだ炎を上げている屋敷を眺めた。 さすがに衝撃を受けているようだった。
「まさか火をつけるとはね」
「やりかねないとは思った。 だからこの屋敷におびき寄せたんだ。 長い間無人だったし、近所に火が広がる怖れがないから」
「うまく引っかかりましたね〜。 奴ら、別の屋敷に連れてこられたなんて夢にも思わず、マリア様を焼き殺したと信じ込んだんですね」
 ディルクの背中に身震いが走った。
「ヤーコブの恐ろしさは、誰よりも知っている。 相手が女でも容赦はしないんだ。 だからこそ、念には念を入れた。 あまり芝居に熱中したんで、半分本当のような気がしてきて、木に縛られているとき涙がにじんできたよ」
「役者になりたいんですか? 知らなかった」
 からかうピーターに、ディルクは苦笑した。
「よせよ、俺は真面目な堅物と思われてるんだぞ。
 それより、今日はよくやった。 スパイの正体もわかったし、一石二鳥だった。 そら、褒美だ、受け取れ」
 なめし革の小袋が空中を飛んだ。 素早く受け止めたピーターは、にこにこして懐の奥にしまいこんだ。







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