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ディルクは愕然として、思わずヤーコブの乗っている馬のはみに飛びつき、捕らえた。
「ここは隣国で、屋敷は人の持ち物ですよ! 火を放つなど、とんでもない!」
「誰が放火すると?」
ヤーコブはとぼけ、乗馬鞭の先でディルクの手を払いのけた。
「これは失火だ。 屋敷の中からひとりでに火が出るのだ。 それより、不意に大声になったおまえこそ、とんでもないぞ。 今は深夜だ。 近所迷惑であろうが」
「近所などありません」
ディルクは、 歯を食いしばった。
「この辺り一帯は、屋敷の主の土地ですから」
「そのようだな。 では、誰のためにおまえがわめいているのか。 いったい誰に危険を知らせたいのかな?」
「……何を言われているのか、わかりません」
「よしよし。 それなら脇にどいていろ。 火の粉が落ちてくるぞ」
ヤーコブが手を上げると、幾つもの松明が一斉に屋敷へ投げつけられた。
ついで、ヤーコブの鋭い声が飛んだ。
「その男を押さえろ! こっちへ連れてきて、木に縛れ。 屋敷が燃え尽きるのを、じっくり見せてやるんだ」
間もなく、屋敷は巨大なかがり火となった。 数日間雨が降らなかったため、空気は乾いており、家中が炎に包まれるのに大して時間はかからなかった。
少し距離を取った木の幹に縛りつけられて、それでも懸命に身をよじっていたディルクは、やがて動かなくなった。 彼が口元を引きつらせて眼を閉じる有様を、ヤーコブは横目で眺めた。
「暑くなってきたな。 見つからないうちに引き上げるとするか」
「ディルク様はどういたしましょう」
若い兵士に訊かれて、ヤーコブは顎に指を当てた。
「縄を解いてやれ。 自分の軽率な行動が原因で別荘を一軒焼いてしまったことを、地面にひざまずいて悔いるがいい」
その冷酷な声を最後に、一隊はディルクを残して道に消えていった。
自由になった手で顔を覆うと、ディルクは下草に膝をついた。 いくらか火勢は弱まったが、まだ目の前の屋敷は燃えている。 ディルクの全身から綿のように力が抜け、よろめいてそのまま地面に転がり、横向きになった。 体全部が、不規則に震えていた。
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