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ディルクの足が、ぎくっと止まった。
急いで振り向いた目の先に、馬たちが近付いてきた。 先頭を切っているのは、たっぷり襞を取ったリネンのシャツの上に革のチュニックをまとったヤーコブだった。
ディルクの頬に、かすかな痙攣が走った。 だが彼は努力して、ぼんやりと驚いた表情を浮かべ、主君を見上げた。
「ヤーコブ様……どこかへお出掛けですか?」
「夜の散歩というべきかな」
そう言うと、ヤーコブは低い笑い声を上げた。
「それにしても、おまえが逢引きとは珍事だ。 お相手はどんな美人かな?」
「おたわむれを。 友人の家へ忘れ物を取りに来ただけです」
「ほう。 昔なつかしい『雄鶏と木靴』の口笛で呼び出したのに?」
「あれは…… 一人で吹いたのです。 鼻歌と同じことです」
「そうなのか?」
片眉を上げて呟くと、すぐヤーコブは背後に続く部下たちに呼びかけた。
「家捜ししろ」
反射的に、ディルクは裏口に張りついた。
「やめてください! いったい何のためです! しかも、こんな真夜中に」
「ほんの好奇心と言っておこうか。 おまえの友人には、後ほどお詫びをしよう。 もし本当にただの友人だったらな」
部下たちは容赦なくディルクを押さえつけ、掛け金を外して次々と中へ侵入した。
松明の光が屋敷のあちこちを巡った。
一時間ほど経ってから、彼らは裏口から現れ、口々に報告した。
「一階には人っ子一人おりません」
「二階も空です」
「地下は穴倉で、土を掘っただけですから隠れ通路はどこにもないです」
ヤーコブは短く息を吸い、横の闇から現れた二人の兵士に尋ねた。
「窓や他の出口から逃れた者はいるか?」
二人は確信を持って答えた。
「いいえ」
「ねずみ一匹出てきませんでした。 樫の木に登って屋敷の周囲を見渡していたので、確かです」
ヤーコブは、ディルクに視線を戻した。
烈火のようなその強さに、ディルクの瞳は持ちこたえられず、一瞬揺らいだ。
そのとたん、ヤーコブの頬に薄笑いが浮かんだ。
「もう一度訊くぞ。 愛しい女性はこの中にはいないのだな」
「ご自分で確かめられたではありませんか」
ディルクは果敢に言い返したが、声が緊張でわずかにかすれた。
ヤーコブは、二度大きく頷いた。
それから、部下に命じた。
「屋敷に火をかけろ!」
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