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表紙

緑の騎士 -93-
 いつもは明るいロタールの顔が、ふっと深刻になった。
「心配な気持ちはわかる。 だが、もう少し待てないか? スパイが誰かもまだ探り出していないわけだし」
「安全を確認したいんだ。 できるだけ早く。 嫌な予感がして、じっとしていられないんだよ」
 腕を組んで数秒間考えた後、ロタールはしぶしぶ顔を上げて、小さく頷いた。
「細心の注意を払え。 へまをすると命取りになるぞ」
「よく用心する」
 そう答えると、弦から離れた矢のように、ディルクは扉を最小限に開いて素早くすり抜けていった。




 おぼろ月を雲が囲む空の下、国外れの屋敷の前にひっそりと大柄の馬が止まった。
 もう夜更けだ。 奥の木に馬を繋ぎ、裏庭から忍んでいく男に気付く住人は、誰もいなかった。
 男は裏口の前で立ち止まり、油を塗ってきしりを止めた扉を音もなく開いた。 そして、中に頭を入れ、低く口笛を吹いた。
 それは、『雄鶏と木靴』というメロディーだった。 こっけいな歌で、昔ブライデンバッハのリーツ城の子供たちが集まるとき、合図にしていた曲だ。
 やがて中で音が聞こえた。 男はスッとドアから忍び込み、後ろ手に閉めた。 間もなく二階でチラチラと蝋燭の火が窓から見え隠れした。


 ほぼ同時に、暗がりになった玄関脇で人影が動いた。
 黒い影は、ちらりと二階に目をやった後、身を低くかがめて前庭の縁を回り、道に出て茂みに入った。
 五分ほどして、屋敷から見えない小さな丘の向こうで、不意に松明〔たいまつ〕が灯った。 その灯りは大きく右に一つ、左に二つ回された後、ふっと消えた。




 2時間ほど経った頃、屋敷に忍んでいった男は、一人で階段を下りてきた。 眉間に縦皺を寄せ、思いにふけりながら、彼は裏口を抜け、扉をきっちりと閉めて閂をかけた。
 手袋を嵌めて、待たせている馬のところへ行こうとしたそのとき、舌なめずりをするような低く甘い声が、彼に呼びかけた。
「ディルク。 さては逢引きか?」







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