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マリアンネがこのマルトリッツ城にいないと聞いたとたん、ヤーコブの目が暗く光った。
軽く肩をそびやかして、ヤーコブは不気味なほど静かな声で言った。
「それはありがたい。 わが妹を大切に守ってくれるのだな」
「夫として当然だ」
「では、兄としての情もわかるだろう。 会って無事を確かめたい。 マリアは今どこに?」
「申し訳ないが」
エドムントは堂々と言い返した。
「兄上でも隠れ家に近付かないほうが安全だ。 いつどこから敵の間者が見ているとも限らないのだから。
今、矢を放った容疑者を探索しているところだ。 犯人が捕らえられたら、ただちに妻を呼び戻す。 それまで悪いが我慢してくれ。 わたしの言葉を信じて」
信頼の問題だと言われると、ヤーコブもそれ以上強くは迫れなかった。
「わかった。 ひとまず帰ることにしよう。 侍女を殺した犯人を見つけたら、知らせてくれ」
「約束する。 ところで、グートシュタインから帰ったばかりでまた馬を走らせたのだから、お疲れだろう。 新しく仕入れたバーガンディーのワインなど、一杯いかがかな?」
「いや、お言葉は嬉しいが、マリアが狙われたとなると、わたしも無事ではすまないかもしれぬ。 居城に戻って守りを固めたい。 それではまた、周囲が騒がしくなくなったらゆっくり会おう」
「無事を祈る」
言葉とはうらはらに、探るような視線を交わしながら、二人の城主は礼儀正しく別れた。
ヤーコブが表庭に出ると、部下の一人がさりげない足取りで城の裏側から戻ってきた。
別の部下が連れてきた愛馬の手綱を取り、いななくのをなだめながら、ヤーコブは城内を偵察してきた部下のホラントに報告を聞いた。
「騎士の数が増えているようです。 武器庫に近づけないよう、見張りがついています。 裏庭で雑兵〔ぞうひょう〕たちの訓練をしていましたが、よく揃っていて真剣でした」
「戦の準備ができているということだな」
「はい、なかなか手ごわそうです」
ヤーコブ達が下でたむろしているのを、自室に戻ったエドムントが窓から見下ろしていた。
背後に寄り添ったグロート夫人が、小声で尋ねた。
「何かたくらんでいる様子? ここに潜入させたスパイと連絡を取るとか?」
「人前では会わないだろう。 だが、部下に情報を集めさせたことは大いにありうる。
マリア姫を口実に、城の内情を見に来たのは間違いない。 こちらが油断していないのを悟っただろうな」
「戦いを諦めるかしら?」
「わからん。 最悪の事態を考えて、我々も用意をしておかなくては」
そう呟くと、エドムントはグロート夫人を抱き寄せて、両瞼にキスした。
二人が目を離した間に、下ではヤーコブに命じられて、ホラントが一行から抜け、そっと裏庭へすべりこんでいった。
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