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表紙

緑の騎士 -90-
 厳しい表情を変えずに、エドムントは扉を見つめたまま返事した。
「クニーゼル殿か。 入りなさい」
 すぐに扉が開き、ロタールが一礼して入室した。 馬を走らせてきたため、美しい顔が紅潮していた。
 楽士たちが遠慮して奏でるのをやめたので、エドムントは手で合図した。 ヴィオラの奏者がお辞儀し、すぐ演奏は再開された。


 勧められた椅子に坐るやいなや、ロタールは真っ先に、ローマ教皇庁がエドムントを後見人に指名したという決定を告げた。 グロート夫人は喜びに思わず手を打ち合わせ、長年の恋人の顔を見つめた。
「よかった! あなたがお留守の間で相談できなかったから不安だったの。 もし断わられたらと心配で」
「君の判断が間違ったことがあったかい?」
 暖炉に寄りかかっていたエドムントは、グロート夫人に近付いて手を取り、唇をつけた。
 ゆったりと椅子に腰を下ろすと、彼はロタールの手から、鳩が持ってきた短い手紙を受け取って読んだ。 そして、晴れやかに笑った。
「自分のよこした持参金が、これに使われると知ったら、ヤーコブはどんな顔をするかな。 いや、もちろん知ることはないだろうが、見てみたい気がする」
「そろそろ本人が城に入ってくる頃よ」
 エドムントはまた立ち上がり、決意を秘めた眼でグロート夫人を見返した。
「いつもの通り、物陰で客人との話を聞いていてくれ。 わたしは剣を取ってきてから、下に降りて奴と話す。
 ロタール殿はわたしと一緒に来て、道々詳しい話を聞かせてくれ」
「かしこまりました」


 二人の男性が食事室を出ていった後、グロート夫人は褒美の銀貨を与えて楽団を解散させ、一人で部屋の奥へ行って、大きな真紅のタペストリーをそっと持ち上げた。
 その裏には、石壁と似た色に塗った木の扉が隠れていた。


 ヤーコブ一行は、下の大広間に案内されていた。
 ロタールは、手早く事情をエドムントに説明した後、階段の上で彼と別れ、そこからは小姓とベックマン隊長がエドムントに付き従って大広間に入った。
 城主の足音を聞くと、ヤーコブはすぐに顔を上げ、漆黒に銀糸の縁取りのついた優雅なハーフマントを肩からはね上げた。 当時は真の黒色に染めあげるのが難しく、鴉の濡れ羽色のマントは非常に高価な物だった。
 切れ長な眼を更に細めるようにして、ヤーコブはエドムントを観察した。
「エドムント殿、前触れもなく来て迷惑とは思うが、わが妹に変事が起きたと知って心配で」
 その眼が、エドムントの背後を素早く探った。
「矢を射掛けられたそうだが、マリアは無事なのか?」
 いつものように落ち着いた口調で、エドムントは答えた。
「かすり傷一つ負っておらぬ。 殺された哀れな侍女は、遺族が引き取っていったそうだ」
「そうそう、その葬儀でマリアの危機を知ったのだ。 わたしはマリアの兄だぞ、エドムント殿。 どうしてもっと早く知らせてもらえなかった?」
「わたしも今さっき聞いて知ったのだ。 貴公もわたしもグートシュタインから戻ったばかりではないか」
 ヤーコブは顔をしかめ、次の攻勢に出た。
「確かにそうだ。 責めて悪かった。
 ともかく、一刻も早くマリアの無事な姿を見たい。 すぐ会わせていただきたい」
「わが妻は、ここにはおらぬ。 安全な隠れ家に移した。 狙った者が捕らえられるまでは、そこに置いておく」
 平然と、エドムントは答えた。






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