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表紙

緑の騎士 -83-
 二人は素早く馬の首を返し、横の林へ分け入った。 そこは白樺やポプラの若木がまばらに生えているだけなので、いったん斜面を降りて馬を見えないところに繋ぎ、這うようにして戻って潅木の陰に隠れた。


 やがて、車輪のきしむ音と男達の話し声が近付いてきた。
「このまままっすぐ行くのか?」
「いや、もう少しで二つに分かれているから、右へ曲がるんだ。 いいか、右だぞ、おまえの利き腕のほうだ」
「右左ぐらいわかるぜ。 バカにするな」
 ガチャンという音がした。 怒っていた男は、そのまま後ろを向いて獰猛〔どうもう〕に唸った。
「おい、飲んだ酒壷を投げ捨てるんじゃない! だから革袋に移せと言ったじゃないか! 俺たちがこっそり通ったとばれたらまずいんだぞ」
「平気だよ。 商人がうっかり馬車から落としたと思うさ」
「俺たちが本当に運んでいるのは、火薬だがな」
 触れ合う近さで並んでいるヨアヒムの肩がギュッと強ばったのを、マリアンネは感じ取った。
 聞かれているとも知らず、五人の男はなおも軽口を叩き合いながらゆっくり進んでいった。 二人は馬に乗って先導し、一人は大きな馬に引かせた荷馬車を御し、残りは馬車の後ろについて押していた。


 五人の立てる物音が聞こえなくなると、ヨアヒムは茂みから立ち上がって、激しく呟いた。
「もう戦いの準備をしているんだ。 あいつらがどこに火薬を仕掛ける気か、突き止めなくては」
「私も行くわ」
 とんでもない、と言おうとして、ヨアヒムは気持ちを変えた。
「そうだな、奴らの後をつけるより、君を一人にするほうが余程危険だ。 馬を引いて、俺だけが見えるようについてきてくれ。 俺は距離を取って、奴らを追うから」
 それなら、マリアンネが直接荷馬車の連中に姿を見られずにすむ。 マリアンネは、ヨアヒムの気配りに感心した。
「何かあって俺が間に合わなかったら、馬に飛び乗ってすぐ逃げるんだ。 わかったな?」
「ええ、そうするわ」
 ヨアヒムは淡い月光の中でニヤッと笑い、背中を丸めるようにして、木から木へと身を隠しながら、怪しい一団を追っていった。








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