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表紙

緑の騎士 -79-
 それからマリアンネの口をついて出たのは、自分でもどうしようもない本心の叫びだった。
「もうあなたと離れるのは嫌。 あなたと逃げたい!」
 ディルクはぶるっと体を震わせ、荒々しいほどの勢いで頬ずりした。 わずかに伸びかけた髭が、マリアンネの皮膚を刺激した。
「長く離れるわけじゃない。 俺も隠れ家へ行く。 できるだけ早く」
 そのまま唇が合った。 せっぱつまった恐怖が二人を駆り立て、情熱の波が押し流して前後不覚に陥れた。


 短くも激しい抱擁が解けると、ディルクは乱れた髪の間からマリアンネを見つめ、低く呻きながらもう一度口づけた。
「あの大きな黒いマントを着て。 俺は牢からヨアヒムを連れてくる」
「私はアガーテに薬草を持っていくことになっているの」
 マリアンネが思い出して囁いた。 ディルクの頬が鋭く強ばった。
「あの女はヤーコブの腹心だ」
「わかっているわ。 でも届けないと、すぐに怪しまれて捜索されてしまう」
 目の前にいたらアガーテを張り倒したいという表情で、ディルクはベッドの枕を見つめた。 それから小さく息を吐き、計画を変更した。
「仕方ない。 西の馬屋の裏で待つ。 できるだけすぐに来てくれ」
「約束するわ」
 ディルクは、ベッドから片脚を下ろしたところでうずくまり、再びマリアンネを抱き寄せた。
「離れたくないのは、俺のほうだよ」
 筋肉質の腕が痙攣した。 恋人の胴を捕えたままでいたいのを、ようやくの思いで引き剥がして、ディルクはうつむいたまま立ち上がった。
「君の笑顔が好きだ。 もう一度あの曇りない笑顔を見るためなら、俺は何でもする」
 マリアンネは全力で、むせび泣きをこらえた。 めそめそしている時ではない。
「侍女たちに疑われないようにするわ。 できる限り急いで行きます」
 ディルクはうなずき、マリアンネの髪をさっと撫でてから、扉の向こうに姿を消した。




 長い階段をすべるように駆け下りて、マリアンネは薬草を、待っていたダグマーに渡した。
「これを湯につけて少し待つのよ。 私はベックマン隊長に話をしてきます」
「ベックマンに?」
 鉛色の顔で長椅子に横たわっていたアガーテが、いくらか体を起こしてマリアンネを気づかわしそうに見つめた。
「どうしてです?」
「さっきの事件で思い出したことがあるの。 早く伝えておかなければ。 それに、私達に護衛をつける許可もほしいし」
 その言葉を聞いて、イーナとダグマーがいかにも恐そうに眼を見交わした。








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