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表紙

緑の騎士 -76-
「この娘は小さな牧場の生まれで、とても明るい性格でした。 殺されるほど人に恨まれているとは思えません」
 そう呟くと、マリアンネは地面に片手をついて、ゆっくり身を起こした。 衝撃で石のように体が強ばり、重く感じられた。
 すぐにベックマンの手が伸び、立つのを助けた。 マリアンネが目を上げると、無表情だったベックマンの顔に変化が起きているのがわかった。 険が和らいで、いつにない温かみが伝わってきた。
「部下思いですな、奥方様は。 身の危険があるのにこうやって侍女を助けようとし、牢にいるあの生意気なメーベルトをも庇う」
「奥方様! ご無事ですか?」
 マリアンネがベックマンに答える前に、切羽詰った声が背後から近付いてきた。
 マリアンネは勢いよく振り向いて、走ってくるディルクを見つめた。 急激に闇が降りてきたため、顔立ちは定かでない。 だが、全身が緊張していて、隠しきれない愛情と不安が手に取るようにわかった。
 このままでは、彼の想いをベックマンに勘付かれてしまう。 とっさにマリアンネは、早口で命じた。
「誰か弓のうまい者が、城壁の外側からよじ登って射たのです。 シギスムントが追っていきました。 貴方も加勢してやって」
 ディルクの足が止まった。 焦りと気持ちの揺れが伝わってくる。 それでもありがたいことに、彼は自重して短く頭を下げ、くるりと向きを変えて、数人の部下と共に門へ急いだ。




 しばらくして、城外を捜索に行った兵士たちが戻ってきた。 その中にはシギスムントとディルクも混じっていた。
 犯人は縄つきの鉄鈎を使って城壁の外囲いを登り、大弓で射たのだという。 昼間に短くにわか雨が降ったため、地面が柔らかくなっていて、犯人の足跡が残っていた。
「曲者は一人です。 塀を降りた後、森へ入り、枝から枝へ伝って逃げたらしく、犬にも狩り出すことができませんでした」
 残念そうに部下が報告するのを、ベックマンは額に皺を寄せて聞いた。
「栗鼠のように身軽で、しかも弓の名手か。 確かフックスの在にそのような男がいたぞ。 祭で弓の曲撃ちをして、見物料を取っているとか」
 フックス村は、このギュンツブルクにある。 ベックマンはいっそう皺を深くして、副官のアレンスを呼んだ。
「三人連れて、ただちにフックスへ行け。 ベンノという粉挽きを尋問して、弟のヨーゼフはどこか訊き出し、見つけたら引っ立ててこい」
「はい」
 アレンスはきびきびした足取りで、兵士の詰め所へ向かっていった。








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