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「グレーテ!」
血の凍る思いで、マリアンネは膝をつくと侍女を抱き起こした。
力ない腕が、ぐったりと垂れ下がった。 つぶらな瞳が虚ろに開いたままだ。 夕闇の中でも、グレーテの命が瞬時に失われたことは、はっきりとわかった。
その胸には、深々と矢が突き刺さっていた。
すぐにマリアンネは頭をあげ、矢が放たれたと思える石垣の上を目で探した。 すると、小さな黒いものが引っ込むのが見えた。
とたんに目の前を男の大きな体が遮った。 シギスムントが心配そうに眉をひそめ、体を倒してせわしなく声をかけた。
「「どうしたんです? 急に倒れて……あっ、射られているじゃないですか!」
「城壁の上に人影のようなものが見えたわ」
「どこに?」
「あなたの真後ろよ」
整ったシギスムントの顔が強ばった。 腰の剣に手をかけるなり、彼が凄い勢いで走り出していくのを、マリアンネはわずかな間見送った。
頭の中では、矛盾したいくつもの考えが渦を巻いていた。
――この矢は、私を狙った! 馬を見に降りてきたところを殺せと、命じられていたにちがいない。
馬を連れてきたのは、シギーだ。 シギーがヤーコブ様に命じられて仕組んだことか……でも彼は、暗殺が失敗した直後に私の前に立った。 どこから矢が来るか知っていたら、暗殺の邪魔はしないはずなのに――
不意に起こった事件に、馬の手綱を取っていた少年はすくみあがり、動けなくなっていた。
衝撃がようやく解けると、彼は金切り声で叫び始めた。
「曲者〔くせもの〕だ! ライヒャルトさん! ベックマン隊長! 人殺しです!」
あちこちの戸口から、人が駆け出してきた。
その中には、守備隊長のベックマンも含まれていた。
青い実用的なマントに身を包んだベックマンは、地面に坐って侍女を抱いているマリアンネの元に走り寄った。
「奥方様!」
「何者かが城壁の上から弓を射たのです。 今、シギスムント殿が追っていきました」
険しい目つきで、ベックマンは二人の部下に指示を与え、城の外を探索するよう命じた。
それから、青ざめたマリアンネの腕からグレーテを抱き取って、正面玄関前に焚かれたかがり火の傍に持って行った。
揺れる炎に照らされた隊長の顔は、厳しく緊張していた。
「斜め前から正確に心臓を射抜いています。 見事な腕前だ」
彼の黒い眼が上がり、探るようにマリアンネを見た。
「狙われたのは、この娘でしょうか? それとも、奥方様?」
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