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表紙

緑の騎士 -74-
 マリアンネは、驚いて目を見張った。
 シギスムントはディルクやヨアヒムと同じく、マリアンネの幼なじみだが、もう仲間ではなかった。 ディルク達によれば、シギスムントはヤーコブの命を受けて、若い騎士たちをこっそり探っているというのだから……。
「まあ、フイッシャー殿」
 目を丸くしたまま、マリアンネはできるだけ暖かく微笑んだ。 急に態度を変えて、怪しいと思わせてはいけない。
 シギスムントは、きびきびした足取りでマリアンネに近寄り、腕を胸に当てて丁寧に挨拶した。
「お元気そうで安心しました。 婚礼の祝宴があった夜、盗賊がお城を荒らしたそうで、ヤーコブ様がいたく心配されて」
 誘拐事件が、もう知られている。 マリアンネは危うくシギスムントを睨みつけそうになり、急いで視線を横に動かした。
「私は無事よ。 いろいろと気疲れはあるけれど、エドムント様にはよくしていただいているわ」
 それは本当の気持ちだった。 シギスムントは、すっきりした美しい顔を上げて、親しみやすくマリアンネに微笑んでみせた。
「それはありがたいことです。 でも動揺なさったでしょう? お気持ちを癒すため、ヤーコブ様から贈り物を預かってきました」
「まあ」
 心にもなく、マリアンネは声を弾ませた。
「何かしら?」
 思わせぶりに、シギスムントは何も持たない両腕を軽く広げてみせた。
「ここまで持って上がれる大きさではないのです。 馬なんですよ、乗馬用の。 名前はメルクーアですが、奥方様の好きな名に換えてもかまわないそうです」
 自分用の馬! マリアンネは本当に嬉しくなった。 前から欲しいと思っていたが、エドムントには遠慮があって言い出せなかったのだ。
 わくわくしたその様子を見てとって、シギスムントは扉の方へ優雅に手を動かした。
「早くごらんになりたいでしょう? 薄暗くなってきましたが、まだ外の光で馬の姿を見ることはできると思いますよ」
「ええ、連れていってくださいな」
 マリアンネは身軽に立ち上がった。 そして、侍女たちを見回した。
「グレーテ、あなたの家は名馬を多く出していたわね」
「はい、メルクーアというその馬を拝見するのが楽しみですわ」
 丸顔のグレーテは、小型ハープを横に置き、いそいそとついてきた。


 城の主閣には、三つの階段が作られている。 三人は西のらせん階段を軽い足取りで降りて、裏庭に出た。
 馬は、領主一族が使う特別作りの馬屋の表につながれていた。 十四、五の若い従者が手綱を引いている。 白っぽい灰色の若駒は、裏口を出た三人が近付いても興奮せず、穏やかな眼差しでマリアンネを値踏みするように眺めた。
「気性のよさそうな馬ね。 グレーテ、どう思う?」
 動物好きのグレーテは、すぐにメルクーアの鼻面を撫で、絹のような口元を確かめた。
「素晴らしい馬ですわ。 立派な歯で……四歳ぐらいですが、落ち着いていて乗りやすそうな」
 シュッという音が、夕べの空気を切り裂いた。
 突如、グレーテの体がくの字に曲がった。 それから前のめりになり、胸の下を押さえると、地面に転がった。








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