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できるだけ音を立てないようにして、マリアンネは自分の寝室に戻った。
夜が次第に明けてくる。 今朝は昨夜から引き続いて晴天だった。
服が普段着の薄いウールだから、脱いでも音がしなくて助かった。 軽く畳んで椅子の背にかけるとき、ふっとディルクの匂いがした。 思わずマリアンネは腰をかがめ、服の襟元に顔を埋めた。
そして、声を出さずに祈った。
――どうか私の愛しい人の命をお守りください。 彼と生きていきたいのです。 彼でなければ駄目なんです――
ほんの二時間ばかり寝るつもりが、揺り起こされて目覚めると、太陽は中空へと高く上っていた。
ベッドの横に立って、アガーテが角ばった髪覆いの下の顔をしかめていた。
「いけませんねえ、下着のまま寝るなんて。 おまけにもう九時を過ぎましたよ。 そろそろエドムント様がお戻りになる時刻ですよ」
マリアンネは慌てて飛び起きた。
服を着替えさせてもらいながら、昨夜考えた言い訳が口をついた。
「牢を訪ねてから、頭が痛くなるほど悩んだの。 危なくなったらヨアヒムを脱獄させようとまで思って、城をあちこち歩き回ったわ」
それから、真剣な顔でアガーテを見上げた。
「緑の騎士って追いはぎなんでしょう? ヨアヒムは、どこから見ても貧乏じゃないの。 賭け事だって少ししかやらないし。 彼を疑うなんて、愚の骨頂よ」
声を潜めて、アガーテはくすくす笑いを漏らした。
「濡れ衣なのか、それともよっぽど芝居がうまいか、どちらかなんでしょうね」
マリアンネは、その口調にかすかな傲慢の影を感じた。 そして悟った。 アガーテは、ヨアヒムのことを借りて自分を語っているのだと。 人の良い世話焼きと見せかけて、実は冷血なヤーコブの手先なのだと。
はっきり正体がわかれば、対処はしやすい。 マリアンネはアガーテの手に手を重ね、真に迫った様子で訴えた。
「なんとしてもヨアヒムを救いたいの。 助けてくれるわね?」
「もちろんですとも」
アガーテも真面目な表情になって、何度も首を縦に振った。 自分の真剣さがヤーコブに伝わり、愛しているのがディルクではなくヨアヒムだと誤解してくれたら時間稼ぎになる。 マリアンネは必死だった。
予想に反して、夕方になってもエドムントは戻らなかった。 一足先に、部下のフェーリンガーが帰ってきて、グートシュタインの後見人の件で意見が一致しないため、もう一日かかると知らせた。
そう簡単にはヤーコブの思惑どおりに運ばないらしい。 他の領主たちが彼の野心に気付いてくれていたら、とマリアンネは願った。
本当は、もう一度フォン・グロート夫人に会いたかった。 しかし、連日部屋を訪れては人目につく。 手紙を渡そうにも、信頼して持たせる小間使いがいない。
明日、エドムント様が帰ってきて、夫人から話を聞いたら、その後で説得しよう。 そう決めて、マリアンネははやる心を押し止め、部屋でハンカチに縫い取りをしていた。
次第に室内がたそがれ、針目が見えなくなってきて、ダグマーが灯りをつけた。
そのとき、扉がノックされ、青年の明るい笑顔が覗いた。
「奥方様、お久しぶりです!」
そう挨拶して、短いマントを肩に押し上げ、さっそうと入ってきたのは、シギスムントだった。
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