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表紙

緑の騎士 -71-
「悔しいが、私の封土はブライデンバッハの領内にある」
 ディルクは歯を食いしばった。
「ヤーコブ・アスペルマイヤーが権限を使って取り上げることのできる土地だ」
「うちの領地も、もう取られたようなものだわ。 何年も前からヤーコブ様の管理下に入っているから」
 マリアンネは小さく溜め息をついた。
「私達には、安全な家さえないのね」
 ディルクの唇が、柔らかくマリアンネの頬をなぞった。
「ヤーコブを何とかして倒すまではな」
「彼はぬかりないわ。 城の外に出るときは、いつも護衛で周りを固めているし」
「そうだな。 腹心の部下が常に五人はついて回っている」
「この城に入り込んでいるヤーコブのスパイが誰か、探れないかしら」
「うーん…… 騎士だけでも六十人以上だし、従者や城の使用人、出入りの商人を入れると、すごい人数になるからな。 でも、やってみるよ」
「すごく不安なのよ。 そのスパイが、前の奥方を殺したわけでしょう? ヤーコブの命令で、今度はあなたをこっそり始末しようとするかも」
 そのとき、マリアンネはハッと思い当たった。 この城のすべてを手の内に収め、なめらかな機械のように動かしている人がいるじゃないか!
 息を弾ませて、マリアンネは恋人に囁いた。
「そうだ、フォン・グロート夫人なら、すぐ調べ出せるでしょう!」
「あの女性にこれ以上借りを作るのは気が進まないな」
「いいえ、スパイは彼女にとってこそ危険よ。 次は、愛しいエドムント様の暗殺を計るかもしれないのだから。 ひょっとすると、もう調査にかかっているかもしれないわ」
 わくわくして、今にも矢が弓の弦から離れるように飛び出そうとしているマリアンネの体を、ディルクは強く抱き止めた。
「何が起きるにしても、明日からだ。 今夜だけが、俺たち二人に与えられた静かな晩だ。
 大切なマリー、貴重なこの時を大事に使おう。 一緒においで」


 マリアンネは、すすり泣くように息を吸った。
 そうだ、危険が歯を剥いて待っている未来まで、猶予期間は今宵だけなのだ。
 二人は固く手を取り合い、細長い庭をそっと横切って、馬屋の二階にある暖かく静かな干草積み場へと、梯子〔はしご〕を上がっていった。








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