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表紙

緑の騎士 -62-
 三人はぐるぐるとらせん状になった階段を踏みしめ、四階に上がった。
 下の階ほど重力を受けないので、回廊の窓はやや広く作られていた。 雲の切れ目から太陽が顔を覗かせ、金色の日光を高い角度から差し入れている。 その輝きを見たとき、マリアンネは不意に希望をふくらませた。 そして、フォン・グロート夫人が第一印象の通り冷静で、物の道理のわかる人であってほしいと強く願った。


 ベルントが二人を案内したのは、城主エドムントの寝室から一つ隔てた部屋だった。
 少年が扉を叩くと、中からすぐ、透明で冷ややかな声が返ってきた。
「誰?」
「ベルントです。 奥方様をお連れしました。 大事なお話があるそうです」
 あまり間を置かず、靴の音が近付いてきて、扉が開いた。 それがフォン・グロート夫人本人だったので、マリアンネは少し驚いた。
 夫人は、黒いマントに身を包んだマリアンネに視線を置いたまま、軽く膝を曲げて挨拶した。
「私に何のお話でしょう?」
「入らせていただいていいですか?」
 マリアンネは丁寧に尋ねた。 すると、夫人の顔から強ばりが消え、戸惑ったような表情がわずかに覗いた。
「お望みなら」
 それから、夫人の眼が横に動いて、ロタールを捕らえた。 彼は一歩退き、脱いだ帽子で回廊の外れにあるバルコニーを指した。
「わたしはあそこで休んでいます。 お二人でゆっくりと語り合ってください」


 夫人付きの小間使いの姿は、どこにも見えなかった。 もしかすると、いないのかもしれない。
 室内へ招き入れられると、示された椅子に座るなり、マリアンネは向かい側に優雅に腰を下ろしたフォン・グロート夫人へ身を乗り出した。 簡素だが趣味のいい調度品や、上等な赤のタペストリーには目もくれなかった。
「不意に来て、驚いておられるでしょうね」
「ええ、確かに」
 夫人は冷静だった。 ほとんど感情がないようにさえ見えた。
 マリアンネは手を握って気持ちを落ち着かせ、話し始めた。
「今、エドムント様はグートシュタインで葬儀に参列しています。 亡くなったユリアーン様は、深酒が過ぎてバルコニーから転落したといわれていますが、もしこれが事故でなかったとしたら?」
 フォン・グロート夫人の瞳が、かすかに狭まった。
「何をおっしゃりたいのでしょう?」
「暗殺の疑いがあるということです。 ここの前の奥方、クレメンティア様を殺したときと同じ者の差し金で」


 夫人に、ようやくはっきりと動揺のきざしが出た。 手が無意識に喉を押さえるのを見て、マリアンネは自分の切り出し方が間違っていなかったのを悟った。








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