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表紙

緑の騎士 -58-
 もう何のためらいもなく、マリアンネはディルクの頬、顎、と口づけ、喉を唇でたどった。
 その合間に、甘やかな声で囁いた。
「あなたが殺されないでよかった!」
「それはたぶん、君のおかげだ」
 低い吐息が返ってきた。
「俺の裏切りで、君は物凄く怒った。 あんな怒りの塊になるなんて、想像できなかった。
 さしものヤーコブ・アスペルマイヤーも計算違いをしたんだ。 君は徹底した男嫌いになってしまって、政略結婚の道具にできそうもなくなった。
 そんな君が誰より憎んだのは、もちろんこの俺だった。 だから、生かしておいても、よりが戻る心配はなかったんだ」
「憎んでなんか……」
 喉に大きな塊がせりあがってきて、マリアンネは声を詰まらせた。
「私はただ、苦しかっただけ。 いつまで経っても慣れなかったの。 あなたが隣りにいない、笑いかけてくれない、毎年復活祭には二人で植えた林檎の苗木を見に行っていたのに、あなたはもう来ない……そんな毎日が、信じられなかった」
 最後は嗚咽〔おえつ〕に変わった。 ディルクの眼にも涙が光り、頬を伝って、マリアンネの肩に落ちた。
「親同士が勝手に決めた婚約なのに?」
「人生で一番嬉しかったことよ。 まだほんの子供だったけど、これでいつまでもあなたと一緒にいられると思うと、はしゃいで眠れないぐらいだった」
 すすり泣きながら、マリアンネは爪先立ちになって、しゃにむにディルクに頬ずりした。
「緑の騎士に会ったとき、やっとあなたを諦められるかと思った。 あんなに馬を大事にする優しい人なら、呪縛を解いてくれるだろうと願ったの。
 でも、何てこと、やっぱりあなただったのね。 私はどうやっても、あなたから逃れられないんだわ」




 そのまま、しばらく二人は夢のような沈黙にひたって抱き合っていた。
 やがてデイルクがよろめき、必死でマリアンネに捕まってバランスを取ろうとするのが感じられた。 急いでマリアンネは腕に力を込め、恋人を寝台に坐らせた。
「怪我してる?」
「いや。 ただ、狩の獲物のように追い回されて疲れただけだ」
「ロタールを呼んでくるわ。 彼は信用できるんでしょう?」
 寝台の頭板にこめかみをつけて頭を寄りかからせると、ディルクは目を閉じた。
「できる。 どうして君にはわかるのか……リーツ城で君がわざわざロタールを呼んだと聞いたとき、俺たちはみんな驚いた。 ばれたんじゃないかと心配したぐらいだ」
 何の話?
 まだよく理解できなかったが、マリアンネは素早く動いた。 ドアを細く開いて廊下をうかがい、誰にも見られていないのを確かめてから、隣りの部屋へすべりこんだ。








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