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表紙

緑の騎士 -57-
 あの男……。
 ディルクに命令し、親の決めた婚約者を取り上げ、非情に脅迫できる男性は、一人しか考えられない。
 長年心を閉じ込めてきた冷たい氷が、急速に溶けはじめた。 マリアンネはおぼつかない足取りで、一歩踏み出した。
「あなたが言っているのは、ヤーコブ様のことね?」
「そうだ」
 ディルクの胸板が大きく盛り上がった。 息苦しさが極限に達していた。
「あの男は恐ろしい野心家だ。 周りの領主を次々と罠にかけて倒し、領土をわがものにして、神聖ローマ帝国で一、ニを争う大勢力になろうと企んでいるんだ」


 マリアンネは、もう一歩前に進んだ。
 これまでヤーコブは、彼女には常に優しかった。 正式な妹ではないにもかかわらず、いろいろ気にかけ、城に引き取り、親切にしてくれた。
 だから、六年前にこういった話を聞かされたとしたら、マリアンネは信じなかっただろう。 いや、たとえ一ヶ月前でも。
 しかし、今は違う。 正体を隠し、無理やり隣国の領主に嫁がされた今となっては。
「私にマリア姫の代りをさせたのは、そのためなの?」
「ああ」
 またディルクの声がしわがれた。
「君にはブライデンバッハ伯爵の血が流れている。 しかも、マリア姫より賢くて、魅力がある……。 彼は、君を操ってギュンツブルクを乗っ取る気だ」


 もうこらえられなくなって、マリアンネは走り出した。 そして、四歩でディルクのすぐ前に立った。
 手を伸ばして彼の頬に触れると、愛しさで胃がぎゅっと収縮した。 同時に、心が悲しみと怖れから解き放たれ、春風のように舞った。
「まだこんなに疲れて、肌が荒れているわ。
 体を休めていてね、私の愛しい人。 その間に、ロタールが詳しい事情を話してくれるでしょう」


 ディルクの腕が、マリアンネの胴に回った。 徐々に力が加わり、終いに息が詰まるほど強く抱きしめた。
「マリアンネ、マリー、俺のマリー。 もう二度と離さない!」








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