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かすかな唸り声がベッドから響いた。
マリアンネはびくっとなって、体を強ばらせた。
ディルクが寝返りを打とうとして横になり、節々の痛みに耐えかねて漏らした唸りだった。
頭を持ち上げると、彼は呟いた。
「畜生」
それから、固くくっついた瞼をこじあけ、肘で上半身を持ち上げた。
ぼんやりした視野の中に、何かが映った。
刺客か!
たちまち力が蘇った。 ディルクは黒豹のように身をひるがえすと、脇机に置いた剣に手を伸ばした。
柄を握ったところで、ようやく眼のかすみが取れた。 部屋の真ん中に立ちすくんでいるのが誰か見てとって、ディルクは息を吸い込んだまま、動かなくなった。
マリアンネも、じっとしていた。 片手は、命綱のようにロケットを掴んだまま、胸の上にあった。
張り詰めた沈黙を先に破ったのは、マリアンネの方だった。
「どちらが本当のあなたなの? ろくに目を向けようともしない昼間と、覆面の下から愛を囁く夜と」
緊張でほとんど抑揚を無くしたその声に、ディルクの唇が震えた。
剣を冷えた指から離し、ゆっくりと寝台から降り立つと、彼は必死に体のバランスを保ち、姿勢をまっすぐにした。
「夜だ」
口に出した瞬間に、堰〔せき〕が切れた。 もう彼の悲嘆を食い止めるものは、何一つ存在しなくなった。
「俺が望んでいたのは、いつも君だった。 君と故郷へ帰りたい。 昔の俺たちみたいに、二人の子供たちが野原を走り回り、小馬に乗ってはしゃぐ姿を見たかった」
マリアンネの胸が、急激にねじれた。
「去っていったのは、あなたのほうよ」
「行きたくて行ったと思うのか!」
激して、彼の声がかすれた。 『緑の騎士』になっているときと同じ声に変わった。
「俺は君を奪われたんだ! 初めは逆らった。 牢屋に入れられても諦めない、どうしても取り上げるなら俺を殺してからにしろと。 するとあの男は、婚約を取り消さなければ君を殺すが、それでもいいのかと迫ったんだ!」
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