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表紙

緑の騎士 -55-
 投げ出されたように着衣のまま眠るディルクを、マリアンネは見つめ続けた。
 初めて彼に会ったのは、いくつのときだっただろう。 一歳? それとも二歳?
 記憶が遡〔さかのぼ〕る限り、ディルクはほとんどいつも、マリアンネの目の届く所にいた。 領地が隣合わせで、親同士が仲良しだったからだ。
 彼は長男で、下に弟と妹が生まれたが、どちらも赤子で亡くなった。 一方、マリアンネは一人っ子だった。 早くに母を失ったマリアンネを、ディルクの母親ソフィーは自分の娘のように可愛がってくれた。
 だから、二人が十歳と七歳まで元気に成長したとき、親たちが祝いに婚約を取り交わしても、当然だと思われた。 よくある出来事、日常の延長だと。


 やがて、ディルクは城へ騎士見習として上がり、間もなく父親を病で亡くしたマリアンネも、ヤーコブに引き取られて城に入った。
 ディルクは静かだが信頼の置ける性格で、男の友人が多く、その連中がマリアンネの周囲にも集まるようになった。 時にはマリア姫も入れて、若者たちは庭や森で遊び、賑やかな日々を過ごした。
 当時は、特に幸せとは思わなかった。 それが普通の日々だったから。 たまには小さないさかいがあったし、波風も立った。 でも、マリアンネはいつも心安らかでいられた。 幼なじみのディルクが傍にいたために。


 いつ恋を悟ったのか、マリアンネは正確に言うことができた。 それは、ディルクが突然、婚約を破棄して背を向けた瞬間だった。
 それまで彼は、ほとんど婚約者らしい態度を取らなかった。 キスはほとんど頬か瞼の上だった。 たまに抱き寄せても、すぐ腕を離した。
 だから、別れを告げられたとき、マリアンネはすぐ思った。 他に好きな人ができたのだと。
 それから何日か、震えながら待った。 彼が愛したのは誰だろう。 私の支え、心のすべてをもぎ取っていったのは、どんな女の人なんだ。
 でも、彼は誰も連れてこなかった。 ただ、前より更に口数が少なくなり、影が薄くなっただけだった。


 不意に涙があふれそうになって、マリアンネは思い切り下唇を噛み締めた。
 どれほど彼の傍に戻りたかったか! 城の内外で姿を見かけるたびに、足が勝手に駆けていこうとした。 彼の幸せを祈っているのに、本心は首にしがみつき、無理やりこちらを向かせても自分のものにしたかった。
 終いに疲れ果てて、他所へ行こうと決心した。 遠い修道院に入れば、少しは落ち着くだろうと思えたのだ。


 ああ、ディルク、緑の騎士に巡り合ったときは、救われたと思ったのに。 新しい恋が、私を癒してくれると信じたのに……!









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