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表紙

緑の騎士 -54-
 ブライデンバッハ生え抜きの青年騎士たちが、結託して追いはぎをやっていた……。
 にわかには信じ難い事態だった。 それは、『緑の騎士』がただの義賊ではないことを示していた。
 しかし、今のマリアンネは心が燃えたぎった状態で、事のつながりを冷静に考えられなかった。
 マリアンネの意識は、ただ一点に集中した。 必死なあまり、口の中がからからに乾いた。
「ロタール、彼は……怪我をしているの?」
 ロタールは、考え込むような表情になった。
「いや、たぶん。 どこにも血は流れていなかった」
「会わせて!」
 ぎっしりと並んだ見事な睫毛を下ろして、一瞬考えた後、ロタールは決断した。
「よし。 できるだけ大きなフード付きのマントを取っておいで。 こんな時間だが、わたしが恋人を連れこむと思って、誰も怪しまないだろう」




 二人は、人目を忍んで二階まで降り、城郭同士を繋ぐ横回廊を抜けて、騎士の宿舎になっている北西の建物へ急いだ。
 そこは三階建ての石造りで、井戸のある中庭を隔てて馬屋が作られていた。 鍛冶屋が蹄鉄を打ち直す音や、下働きが藁を積んで運ぶ一輪車のきしみ、一階の鍛錬場から響いてくる剣の金属音、あちこちで談笑する騎士たちの話し声が入り混じり、ざわざわした活気に溢れていた。
 宿舎へ入るには、西の棟を出て中庭を突っ切らなくてはならない。 ロタールが黒いマントに包まれた小柄な姿を固く抱きこんで通ろうとすると、からかいの声があちこちから飛んだ。
「なんだなんだ?」
「よう色男、昼日中から見せつけてくれるじゃないか」
「うるさい。 お互い様だろう」
 ロタールは平然と顔を上げて言い返した。
「待ちきれないときもあるのさ」
 どっと上がった笑いに送られて、二人はそそくさと宿舎に入った。


 中は、修道院と同じように単純な部屋の配置だった。 玄関を入ると、左右にまっすぐ通路が伸び、その両側に部屋がある。 廊下の突き当たりに扉がついていて、その上の半円形に開いた窓から、明るい日光が差し込んでいた。
 玄関からみて左の前、三つ目の部屋にマリアンネを導くと、ロタールは囁いた。
「ここだ。 隣りは空き部屋だから、わたしはそこで待っている」
「ありがとう」
 やっとの思いで声を出すと、マリアンネは鋲を打った扉をそっと押し、おぼつかない足を中へ踏み入れた。
 長方形の部屋は、静まり返っていた。 入って向かい側の壁に、四角い窓が切ってある。 観音開きの鎧戸が片方開いていて、寝台の藁布団にうつ伏せになって横たわる若者が、はっきりと見えた。
 彼は、泥のように眠りこけていた。 疲労の極致にあるのだろう。
 小刻みに震える指で、マリアンネは胸元の鎖をたぐり、ロケットを引き出した。 小さな金色の突起を押すと、楕円形の裏蓋が開き、中に収められた濃茶色の髪の一房が現れた。 それは、初めて結ばれた夜、緑の騎士から受け取った髪の毛だった。
 かすかな衣擦れの音をさせながら、マリアンネはベッドに近付いた。 そして、ロケットを若者の頭に近寄せ、首筋に垂れた髪と比べた。
 二つの毛束は、まったく同じものだった。 色つや、繊細なうねり、色あせて黄金色に変わった毛先まで。
 ロケットを掴んだ指に、力が入った。 蓋がひとりでに閉まり、強く握った指の間で汗ばんだ。
 口が開いたが、声は出てこなかった。 代わりに、胸の中を烈風のような叫びが吹き抜けた。


――ああ、ディルク…… あなたのはずがない。 あなただけは絶対に!――










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