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緑の騎士 -53-
 マリアンネと侍女たちが部屋へ戻って十分足らずで、ダグマーがロタールを連れてきた。
 ロタールは珍しく、いつもの華美な服ではなく、実用的な紺色のマントに身を包んでいた。 そして、心ここにあらずという様子で、胸に手を当てて慌しく挨拶した。
「お呼びとか。 御用は何でしょうか?」
「忙しそうですね」
 彼の様子を見て取って、マリアンネは安心させた。
「すぐ済みます。 みんな、悪いけれど少しの間外していてください」
 侍女たちは、緊張した雰囲気を飲みこんでいて、次々に頭を下げると素早く控えの間に入っていき、扉を閉めた。
 とたんにマリアンネは、ロタールの手を取って窓の近くに連れて行った。 そして、少しの変化も見逃さないように美しい顔を見つめながら、口を切った。
「緊急事態が起きたのね」
 それは質問というより、確かめる言葉だった。
 ロタールの眼を、わずかな狼狽が小波のように走った。 マリアンネは握った手に力を込め、低く尋ねた。
「緑の騎士のこと、どのくらい知っているの?」
 一瞬の迷いの後、ロタールは逆に問い返してきた。
「君はどこまで知らされているんだ?」
 深刻な口調だった。 これは彼にとって重大なことなんだ、と、マリアンネは悟った。
 ヨアヒム、ディルク、シギスムントの三人は、昔から親友だったから、一人が捕まれば心配するのは当たり前だ。 だが、ロタールは彼らのグループには含まれていなかった。 それなのになぜ、こんなに落ち着きを無くしているのだろう。
 すぐにマリアンネは決心した。 ロタールは賢い人だ。 かまをかけてもしゃべらないだろう。 本音でぶつかるしかない。
「ほとんど何も。 顔さえ知らないの。 でも、緑の騎士がヨアヒムじゃないことはわかったわ、さっき牢屋で」
「わかった? どうして? ヨアヒムが話したのか?」
「違う。 ヨアヒムは、自分が緑の騎士だと言い張るつもりだった。 でも彼は……違うの、肌の匂いが」
 言いながらマリアンネの頬が赤らむのを見て、ロタールの表情が、ふっと柔らかくなった。 地下牢で見たヨアヒムの視線に似た優しさが、マリアンネに伝わってきた。
 小さく喉の詰まりを晴らすと、ロタールは顔をマリアンネに寄せ、息だけで囁いた。
「ヨアヒムのいうことも本当なんだ。 緑の騎士は一人じゃない。 何人かで助け合ってやっていた。 だから長い間捕まらなかったんだ」


 マリアンネは、ロタールを見つめ続けていた。 だが、もう彼の姿はかすんだようになって、意識に入っていなかった。
『万事うまく行くんだよ。 俺ってことにしておけば』
 ヨアヒムの不思議な言葉と、困ったような微笑の意味が、頭を駆けめぐる灰色の渦の中から、ぼんやりと浮かび出た。
 しわがれ、自分のものとは思えない声が、耳を打った。
「あの人は、戻ってこられたの?」
「ああ」
 ロタールの息が額にかかった。
「ヨアヒムが追っ手を引き寄せたおかげでね。 今はわたしの部屋で眠っている。 昨夜から一睡もしていなかったから、無理に寝かせたんだ」











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