表紙目次文頭前頁次頁
表紙

緑の騎士 -50-
 マリアンネの目が燃えた。 体をそらすと、できるだけ平静な声で、彼女は番兵に命じた。
「その地下牢へ案内してください」
 番兵は戸惑い、激しくまばたきした。
「隊長の許可がありませんと」
「今この城を預かっているのは私です」
 威厳をかき集めて、マリアンネは強調した。
「罪人が連れてこられたのなら、詳しいことを知っておきたいのです」
「はい」
 思い切り悪く、番兵は口ごもった。
「ただ、その男がブライデンバッハの者らしいと、さっき聞いたんですが」


 マリアンネはよろめきそうになった。 アガーテの視線が、気づかわしげに横顔をなめるのが感じられた。
 何とか足を踏みしめて、マリアンネは立ち直り、番兵を鋭い眼差しで見つめた。
「それなら尚更です。 もし私の部下の一人なら、本当に犯人かどうか、そして公平に扱ってもらえるのか確かめなければ。 すぐに牢へ案内しなさい。 これは命令です」
「はい、奥方様」
 番兵は屈服したようだ。 持っていた長槍を仲間に渡し、先に立って歩き出した。


 牢は、東閣の地下にあった。 階段の石壁は仕上げ磨きされておらず、ごつごつ入り組んでいて、明かり取りの窓がなかった。
 番兵は、廊下の角に点してあった細い松明を手に取り、黙々と石造りの段を下りて行った。 マリアンネと侍女たちも、スカートの裾を軽く持ち上げて後に続いた。
 古井戸の底に入っていくような感覚だった。 下は真っ暗で、松明の光が届かない奥は獣の穴のようだ。 風がわずかに舞い上がり、濡れた岩と黴〔かび〕の不快な臭いが鼻をついた。
 回り階段を三十段ほど下ると、小さな格子窓のついた鉄の扉が見えてきた。 扉の前には、槍をX型に交差させた二人の牢番が、脚を開いて立ちふさがっていた。
「誰だ!」
 鋭く誰何〔すいか〕されて、番兵は立ち止まり、脇に寄って道を開いた。 大きな姿の後ろから現れた貴婦人たちを目にして、牢番は驚いた様子で足を揃え、首を垂れて呟いた。
「奥方様」
「盗賊はこの中に?」
 マリアンネが尋ねると、右の牢番が低い声で答えた。
「はい。 今ベックマン隊長が尋問中です」
 左の牢番が口を添えた。
「緑の騎士だと認めただけで、後は一言もしゃべらないそうです」
「私を中へ入らせて」
 二人の牢番は唖然とした。
「え? ここは牢屋ですよ。 若いレディーの来られるところでは……」
「すぐ開けて、入れなさい」
 自分でも驚いたほど、腹を据えた声が出た。 二人の牢番は、上目遣いに見交わした後、扉の外閂を上げ、ゆっくりと開いた。


 牢内でぼそぼそと聞こえていた声が止んだ。
 一斉に四、五人の男が振り返る中、マリアンネは番兵を従えて戸口から踏み込んだ。
 中では鉄籠の形をしたかがり火台に火が灯され、壁にゆらゆらと尋問者たちの影を立ち昇らせていた。
 囚人は、小さな窓の斜め下に手枷で繋がれていた。 目を半ば閉じ、無関心な表情でベックマン隊長に顔を向けている。 彼が誰か悟ったとき、マリアンネは反射的に小走りで近寄っていた。
 それは、茶色の髪を鳥の巣のように乱した以外は普段と少しも変わらない、ヨアヒム・メーベルトの姿だった。









表紙 目次前頁次頁
背景:Star Dust
Copyright © jiris.All Rights Reserved
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送