表紙目次文頭前頁次頁
表紙

緑の騎士 -44-
 翌日は、陰鬱な雨模様だった。
 夏の盛りとはいえ、ここは北国だ。 北海からワッデン海、アイセル湖と渡ってくる冷たい風が黒灰色の雲を呼び、ケシやキンポウゲの花をしおれさせるほどの冷たさで、大地に降り注いだ。
 マリアンネは、小じんまりした自室でおとなしくしていた。 食事はベルントに頼んで部屋まで運ばせた。 重臣や貴婦人、旅の騎士、吟遊詩人、それに雨宿りの農民までがごちゃごちゃとたむろしている巨大な食事室には、とても行く気がしない。 好奇の目で見られるのは沢山だった。


 午後になると雨は止んだ。 それでも雲は低く空に垂れこめて、気温は少しも上がらず、マリアンネはベルベットの袖なしコートをアガーテに出してきてもらって羽織った。
 若い侍女のダグマーに襟元の紐を結ばせていると、戸口で音がして、すぐアガーテに伴われてロタールが入ってきた。 後ろに三人の楽団員を従えていた。
 そろってマリアンネに一礼した後、ロタールは申し出た。
「陰気な天気で、お気持ちが滅入ってはいけません。 この者たちの演奏が下で評判になりましたので、気晴らしになればと連れてきました」
「まあ、ありがとう」
 本当に嬉しくて、マリアンネは笑顔になった。 侍女たちが椅子を並べ、演奏家たちは音合わせを済ませるとすぐ、『ナイチンゲールよ語れ』という優しげなバラードを奏し始めた。
 マリアンネの横に座ったロタールは、くつろいだ様子を見せながら、明るく話しかけた。
「いかが? 乗りのよい曲で、踊りたくなりませんか?」
 それから、態度をまったく変えずに、ほとんど口を動かさないで囁いた。
「婚礼の夜、毒を入れた盃とすりかえたのは、伯爵の愛人だ」
 マリアンネは、胃の中に重石が落ちたような気分を味わった。
 とっさに袖口からハンカチを取り出して口に当てるふりをしながら、マリアンネは囁き返した。
「フォン・グロート夫人?」
「そうだ」
 短い曲が終わった。 マリアンネは賞賛の拍手を贈り、もう一曲所望した。
 今度は、穏やかな夏の日を称えるマドリガルになった。 優雅な弦の音に紛れさせて、ロタールの低い声は続いた。
「十代のころ、伯爵は彼女との結婚を望んだ。 だが血が近すぎ、持参金もないことから、法皇の許可が下りなかった。
 夫人はほとんど表に出ないが、この城の実権を握っている。 先妻の死は、もしかすると彼女が関係しているかもしれない」










表紙 目次前頁次頁
背景:Star Dust
Copyright © jiris.All Rights Reserved
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送