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表紙

緑の騎士 -42-
 部屋へ戻って一旦落ち着くと、アガーテがぎっぱりと言った。
「このお城には、まだまだ秘密が隠れていそうですね。 幸い、調理場で働く連中と知り合いになれましたから、これからちょっと行って、噂を聞き出してきましょう」
 そこでアガーテは、思い出して目を光らせた。
「そうそう、奥方様と一緒に消えた馬の一頭が、見つかったようですよ」
 緑の騎士が連れ去った馬だ。 すぐマリアンネは耳をそばだてた。
「どこで?」
「アーヘンの市で売られていたんですって。 連れてきたのは、薄汚い傭兵崩れのような男だったとか。 立派な馬なので、盗品だとすぐわかり、取り戻すことができたそうです」


 アガーテが立ち去った後、食事時間まで他にやることもないので、マリアンネは侍女たちと椅子に座り、銘々に手仕事を始めた。
 ハンカチに刺繍をほどこしながら、マリアンネは深い物思いに沈んだ。
――馬を売ったのは、たぶん変装した緑の騎士だ。 私が乗って逃げたのをごまかすために、馬泥棒を演じてくれたのだ――
 マリアンネの手が止まり、銀色の針を持ったまま、だらりと垂れ下がった。 不意に考えが、別の方向にそれた。
――結婚の宴で、白いブリーチスに銀のバックルをしていた男性は?――
 一人も思い出せなかった。 あの夜は疲れ、気もそぞろで、おまけに盃のことで神経を張り詰めていた。 次から次へと新しい貴族や騎士を紹介されたし。 とても覚えきれない数だった。
 それでもしばらく記憶をたどり、マリアンネはようやく一人だけ思い当たった。 ロタールが、白ではないが淡い銀ネズ色のブリーチスを穿いていた。
 だが、その思い出に伴ってきたのは、苦笑ばかりだった。 緑の騎士がロタールではないのは、火を見るより明らかだったのだ。
 マリアンネは、彼の馬で一緒に揺られて帰ってきた。 マントも着せてもらった。
 だから、はっきりわかる。 ロタールの、コロン混じりの優雅な体臭は、緑の騎士とは似ても似つかないものだった。










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