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表紙

緑の騎士 -40-
 マリアンネは、素早く瞼を伏せた。
 このことだったのか、ロタールの言っていた『自然に一ヶ月ぐらいはそうなると思う』の意味は。 あれは、野盗の子供ができているかどうかわかるには、一ヶ月はかかるという意味だったのだ。
 もしマリアンネが身ごもっていれば、体が目立つ前に他所の城か離れ家に送られ、生まれた子が男なら、ただちに殺されるだろう……。
 二度の逢瀬で、妊娠していないことをマリアンネは祈った。 あの人の子を闇に葬るなんて、耐えられない! せめて女の子なら、命だけは助け、養女に出す、わずかな可能性もあるが。


 幸か不幸か、マリアンネがうつむいている姿はとてもしおらしく、可憐に見えた。 エドムントは新しい妻から視線を離さず、口惜しそうに、くそっ! と声を荒げた。
 とたんに頭の傷がうずいた。 寝台にへたりこんでしまったエドムントを体で庇うようにして、黒い帽子の貴婦人が一段と冷ややかに言った。
「話は済みました。 どうぞお引取りください」


 早々に部屋を出てきたマリアンネとアガーテ達は、閉めた扉の前で思わず顔を見合わせた。
 エドムントは、三人の騎士がでっちあげた筋書きに、見事嵌〔は〕まってくれた。 少なくとも表向きは。 問題は、氷のマリア像のようなあの貴婦人だが……。
 元来た階段を、小姓ベルントの先導で下りながら、マリアンネはそっとアガーテに訊いた。
「あれは伯爵の乳母?」
「いえ、年下でしょう。 多く見積もっても同い年」
「未亡人のようね」
「そうですね、でも、なんで紹介されないんでしょう」
 マリアンネは、四段ほど先をさっさと降りていく小姓の金髪が、手に掲げた燭台の火で燃え上がるように輝くのを眺めた。 もう案内は済んだため、少年は退屈な任務を早く終わらせようとして、ひたすら前を見て急いでいた。
 思い切って、マリアンネは小走りになって彼に追いついた。
「ベルント」
 名前を呼ばれて、少年はびくっとしたように足を止め、振り向いた。
「はい」
「寝室にいらした貴婦人は、だれ?」


 美しいベルントの眼が、まっすぐ射るようにマリアンネを見返した。 感情のない声が、すぐに答えた。
「フォン・グロート夫人です」
 愛人なのか、と尋ねようとしたが、さすがにためらった。 マリアンネはさしさわりのない言葉を捜した。
「ええと、この城で何年働いていらっしゃるの?」
 ベルントは一度瞬き、わずかに面白がっている様子を見せた。
「ここでお生まれになりました」










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