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身づくろいが終わった頃を見計らって、金髪の小姓(ベルントと呼ばれていた)がマリアンネを呼びに来た。
できるだけ地味で、おとなしやかなワンピースをまとい、大きく開いた襟ぐりを隠すため、薄絹のショールを肩に巻いて、マリアンネは西塔にある夫の寝室へ向かった。 同行したのは、アガーテと年かさの二人の侍女て、三人とも口元を引き締め、深刻な顔をしていた。
複雑な回廊を曲がり、石造りの階段をニつも上がって、一行はようやく、普段伯爵が寝泊りする主寝室に到着した。 結構な時間がかかった。
入口に立っていた大男が、うやうやしく頭を下げて扉を開けた。 すると、中の右側にしつらえられたベネチア風の豪華な四本柱の寝台が目に飛び込んできた。
上には、あぐらをかくように座り込んだギュンツブルク伯爵の姿があった。 上掛けはかけず、ただ毛皮のシーツの上にぽつねんと腰を下ろしている。 頭に巻いた細い布が痛々しい。
部屋の中に小姓や医師の姿はなく、寝台の横には、すらりとした女が一人立っているだけだった。
上部をふくらませた黒の帽子を被っているところを見ると、彼女は既婚婦人のようだ。 だが、祝宴で紹介された覚えはない。 一度見たら忘れるはずのない、印象的な顔立ちなのだが。
膝を曲げて一礼してから、マリアンネは寝室に足を踏み入れた。 夫のエドムントは、隈のできた悲しげな眼で、その姿を追った。
苦労して絞り出した声は、かわいそうなほど元気がなかった。
「すまない。 恐ろしい思いをさせて、心よりお詫びする」
マリアンネは、無表情を装うのが精一杯だった。 実のところ、夫の傍へ急いで、頭の傷を確かめてみたい気持ちでじりじりした。
「いいえ……」
「あのような不逞の輩〔ふていのやから〕にむざむざ攫〔さら〕わせるとは、警備が粗末すぎる。 婚礼で浮かれていたとしか言いようがない」
そう口の中で呟きながら、エドムントの視線がマリアンネの首と肩をさまよった。 ますます気が咎めて、マリアンネはショールを左手で喉に引き寄せ、肌が見えないようにつくろった。
小さな溜め息をつくと、エドムントは気の進まない様子で言葉を継いだ。
「身も心も傷ついたであろう。 ゆっくり静養しなさい」
不意に脇から、声が添えられた。 あの見知らぬ女だ。 冬の湖水にも似た、冷ややかな響きのある声だった。
「少なくとも一ヶ月は見ませんと。 由緒正しい伯爵の血筋に、汚点がつくようなことにならないために」
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