表紙目次文頭前頁次頁
表紙

緑の騎士 -34-
 ロタールが低い声でたしなめた。
「そんなにきつく言うなよ」
「いいの」
 まだ足元は心もとなかったが、マリアンネはロタールのしっかりした腕に護られて、どうにか姿勢を立て直した。 今の彼女には、ヨアヒムの叱る声がむしろ快く聞こえた。
「今度こそ駄目だと思った。 探しに来てくれて嬉しいわ」
 いつの間にかディルクも木立を抜けてきて、息を弾ませながら盗賊の骸を覗きこんだ。
「逃げた馬は捕まえておいた。 念のため、こうやって一頭連れてきた。 彼女が動けないと困ると思って」
「よし」
 憤懣〔ふんまん〕やるかたない様子で、ヨアヒムはジロリとマリアンネに目をくれた。
「知ってるか? ギュンツブルク伯爵は後ろから殴られて、頭にこんなでかいコブができたんだ」
 死ななかった……。
 マリアンネはできるだけ無表情を装ったが、内心大きく胸を撫で下ろした。
 ヨアヒムは顔をそむけると、大きな声で続けた。
「廊下にひそんでいた曲者〔くせもの〕が襲って、花嫁をさらっていった、ということになってる。 朝になって、四方八方に捜索隊が出た」
 ということになってる?
 またマリアンネの動悸が不規則に速くなった。 ヨアヒムは空に視線を移し、いくらか声を落とした。
「そんなに花婿が嫌なら、闇討ちなどせずに遠ざける方法を教えてやったのに。 おまけに、殴りそこなって、相手は頭痛だけでピンピンしてる。 だが、花嫁のほうはどうだ? やみくもに逃げたあげく、あんな下等な者共に襲われ、体を奪われて」
「いえ、私は……」
 無事を告げようとして一歩進み出たが、ヨアヒムは聞く耳持たなかった。
「ごまかしは効かないぞ。 少なくとも後二、三日はな。 その首や胸についた派手な痣〔あざ〕を、どう説明するつもりだ?」


 たちまち顔がカッと熱くなった。 引き裂かれた夜着を両手で掻き合わせたものの、襟回りがほころびてしまって、肩と胸の上半分が丸出しだ。 だから、秘密の恋人が点々と花のようにつけたキスマークが、誰の目からも隠しおおせることのできない状態になっていた。









表紙 目次前頁次頁
背景:Star Dust
Copyright © jiris.All Rights Reserved
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送