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緑の騎士 -33-
 まずじっと目を凝らしてから、マリアンネは大慌てで後ずさり、馬を強く引いた。
 逃げるなと言われたって、これは逃げないわけにいかなかった。 空き地の向こう側からのっそりと姿を現したのは、野人のような男の二人連れだったのだ。
 マリアンネは、できる限り早く馬に乗ろうとした。 だが、敏感な馬は乗り手の恐怖を素早く察し、大きくいななくと手綱を振り切って走り出した。
 みるみる木立の中へ消えていく黒い馬を、マリアンネは茫然と見送った。 その間に、革の上着の前をはだけ、粉袋のような茶色と灰色の半ズボンをはためかせながら、男二人は一直線にマリアンネ目掛けて走ってきた。
 風下にいるマリアンネには、まだ十メートルほど離れている段階で既に、垢じみた体臭が届いた。 生まれてこのかた、風呂に入ったことのないような連中だった。
 覚悟を決め、マリアンネは懐に手を入れて守り刀を掴んだ。 少なくとも一人は倒すつもりだった。 男たちの腰には抜き身の剣が下がり、駆け足につれて鈍く光を反射している。 先頭に立った長い顔の男に狙いを定めて、マリアンネは短剣を服の中で持ち替えた。


 二人は共に、耳まで裂けそうな笑いを浮かべていた。 ぎらつく目はほとんど瞬きもせず、マリアンネに据えられて動かない。 森の只中でたった一人残された若い女。 それはケチな野盗の彼らにとって、よだれの出そうな獲物だったろう。
 あと五歩で追いつかれる。 マリアンネはかつてない恐怖で無我夢中になり、叫び声を発しながらも、わずかに残った冷静さを集中して、短剣を力任せに投げた。
 クウッという空気の抜けたような呻きが聞こえた。 前を走っていた男がいきなり白目をむき、すくんだように足を止めた。 そして、背後の相棒ともつれ、斜めによろめいて雑草の上に膝をついた。
 相棒は、容赦なく傷ついた仲間を突き飛ばし、マリアンネに襲いかかった。 二人は組み合ったまま、もんどりうって倒れた。 汚れた指が、薄い寝巻きを紙のように引き裂いた。
 そのとき、左横の木立が大きく揺れた。 邪魔な下枝をはじき飛ばして マントをなびかせた男達が飛び出てきた。 あっという間にロタールがマリアンネにのしかかっていた悪党を殴りつけ、彼女を引きずり起こして前に立ちはだかったため、野盗たちの姿がまったく見えなくなった。
 ロタールの綺麗なマントにしがみついて、マリアンネは横から身を乗り出した。 すると、鬼のような顔をしたヨアヒムが、野盗たちと激しく切り結び、容赦なく倒す姿が見えた。


 助かったんだ……。
 血しぶきが飛んで、野盗たちが動かなくなったとき、ようやく実感したマリアンネの膝から力が抜けた。 がくがくと坐りこみそうになった彼女を、ロタールの力強い腕が支えた。
 ヨアヒムは悪党の上に屈み込み、息絶えているのを確認した後、死体の上着で剣を拭った。
 それから、ロタールの胸にいるマリアンネを振り返って、噛みつくように言った。
「何やってるんだ、ばか!」









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