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表紙

緑の騎士 -23-
 夏の日はなかなか暮れない。 早くも酒が入って多少ふらつき気味の一行が、半時間近く予定から遅れてギュンツブルクのマルトリッツ城に到着したとき、まだ赤味を帯びた太陽光が城の厳かな門構えを明るく照らし出していた。
 大門は、花嫁ご一同を歓迎するため、既に開かれていた。 中庭に並んだラッパが一斉に響き渡り、楽隊が賑やかに婚礼賛歌を奏でる中、マリアンネの馬車は前後を美々しい騎士たちに守られて、堂々と入城した。

 城を取り巻く灰白色の壁の前に、濃赤の天幕が張り巡らされていた。 両側に、ずらりと正装の騎士達が並び、さらにその奥には、貴族夫人や侍女らが優雅なドレスでひしめいていた。
 馬車を降りたマリアンネは、ヤーコブに手を取られて、天幕めがけて歩いていった。 向こうからも、紺と水色のベルベットのチュニックを着た男性が、しっかりした足取りで近付いてきた。
 顔に降ろした白いヴェールの下から、マリアンネは初めて見る花婿を観察した。 送られてきた肖像画に、似ていることは似ている。 だが意外にも、絵より感じがよかった。 絵ではグッと寄せていた眉は実際には平らで、それほど険高くないし、大きめの口元にはユーモアがうかがえる。 すぐに話しかけてきた声も落ち着いていて、穏やかだった。
「これはよくおいで下さった。 エドムント・アルノルト・フォン・ギーレン、ギュンツブルク伯爵です」
「これが妹のマリア・フリーデリケ・フォン・アスペルマイヤー。 元コーエン侯爵夫人です。 末永く両家の縁が続きますように」
 ヤーコブが挨拶を返し、マリアンネの手を新しい婿にゆだねた。 エドムントはマリアンネに微笑みかけ、天幕で待つ僧正の前に導いていった。


 式は、ひざまずいた二人に僧正が祝福を与え、互いに誓わせて、あっという間に終わった。 婚姻を結んだという実感が湧かないうちに、マリアンネは指輪の冷たい感触を味わい、花婿がヴェールを上げるので慌てて姿勢を正した。
 薄いヴェールを持ち上げたとたん、エドムントの顔にいぶかしげな表情が浮かんだ。 マリアンネは背中がぞくっとした。 まさかとは思うが、偽者と見抜かれたんだろうか……。
 中途半端にヴェールを掲げたまま、エドムントは小声で呟いた。
「いやー、これほど美人とは」
 面食らって、マリアンネは頬に紅を散らした。


 誓いのキスを交わしたとき、胸の奥がささくれ立ったように痛んだ。 これでもう人の妻。 列席者の中にいるかもしれない緑の騎士は、この姿をどんな気持ちで眺めただろうか。








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