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表紙

緑の騎士 -14-
 相手は息を止め、棒立ちになった。
 その手を探って捕まえると、マリアンネは小声でせき立てた。
「上だけでいいから脱いで! あ、マスクは取らなきゃ。 こっちで隠すわ」
 それから自らのマントをもぎ取って捨て、高いおろおろ声を出した。
「いや、やめて! お願いだから、家へ返して!」
 男はまだ戸惑っている。 じれったくなったマリアンネは、掴んだ手を強く引いて、ドッともつれ合いながら、捨てたマントの上に倒れた。
「あーっ、やめて! お慈悲です、放してーっ!」
 ドアがぎしぎしと開き、間から突き出された松明の灯りが、土間にオレンジ色の扇形を描いた。
 とっさに頭を振って髪を前に垂らし、顔を覆うと、男は腰から剣を引き抜いて豹のように振り返った。 ひどくかすれた声が叫んだ。
「誰だ! 邪魔する奴は叩っ切るぞ!」
「へっ、いやその」
 下っ端の兵卒たちは、繋がれた立派な馬と、半裸の男の履く上等な長靴を見ただけで、将校と判断した。
 上役のお楽しみを台無しにしたら大変だ。 兵卒たちは大慌てで首を引っ込め、謝りながら戸を閉め切った。
「申し訳ないであります! どうぞごゆっくり」


 灯りは去り、窓の横を回って急いで遠ざかっていった。
 また小屋の中はほぼ真っ暗になった。 用心のため、しばらくごそごそして小さな悲鳴を上げていたマリアンネは、やがて肘をついて土間に起き上がり、改めて横坐りして、ホッと息をついた。
「今度こそ行っちゃったみたいね」
「ああ」
 男は、気の抜けた調子で呟いた。 マリアンネは胸の間に隠した覆面を出して、男に返した。
「うまくごまかせて、よかった」
「とっさによく思いつくな」
「緑の騎士が絶対にやりそうもないことは何か、考えたの」
 次にマリアンネは、土間を探ってシャツと上着を見つけ、男に渡した。
 シャツの袖に手を通しながら、男は囁いた。
「お礼に、君の行きたいところまで送っていこう」
「今夜はまだ危ないわ。 百グルデンをそう簡単に諦めるとは思えない」
「そうかもしれないな」
 男は上着を着終わり、髪に手をやって襟から抜き出した。
 うっすらとシルエットになって見えるその仕草は、すっきりして美しかった。 顔はわからないけど姿は綺麗だ、と、マリアンネはふと思った。 とたんに、これまで感じたことのない動悸が、心臓の中でピクンと跳ねた。
 もっと話をしてみたかった。 それで、最初に思いついたことが口に出た。
「胸に怪我してるのね」
 男の動作が止まり、次に右手が腹の上を押さえた。
「五日前に受けた傷だ。 もうだいぶ直った」
「ご家族が心配したでしょう」
 少し間を空けて、答えが戻ってきた。
「家族はいない。 だから勝手なことができるんだ」






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