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表紙

緑の騎士 -13-
 マリアンネは、進退きわまった。
 自分のほかに、このくたびれた炭焼き小屋を知って、利用している人間がいたなんて。 それだけでも驚きなのに、勝手に箱まで使って……
 いや、そんなことに怒っている場合じゃない。 相手はどんどん歩いてくる。 すぐに蓋が開いて、見つかってしまう!
 じっとしているほうがいいか、先に飛び出すべきか。 混乱しているうちに、もう足音はピタッと止まり、蓋が勢いよく引き開けられた。


 頭上が空間になると同時に、マリアンネは飛び上がった。
 相手は、いい反射神経をしていた。 いきなりビックリ箱の人形のようにヌッと現れた人影を見るやいなや、大きく跳ねて後ろに下がり、素早く剣を抜いた。
「切らないで!」
 焦ったマリアンネは、手を突き出して小さく叫び、箱の縁を乗り越えて出ようとした。 だが、スカートが長すぎた。 おまけに、結び目がほどけて落ちてきていた。 裾が足先に巻きついて、どうやっても膝が上がらない。 とうとうまた箱の中に転げこんでしまった。

 男のシルエットは、剣先を下に垂らすと、相変わらずのささやき声で訊いてきた。
「女か?」
「ええ!」
「こんな森の外れで何してる?」
「あの……」
 適当な話を思いつく暇がなかった。 マリアンネはあえぎながら、ほぼ真実を口にした。
「無理やり結婚させられそうだったので、逃げてきたの」
 男は剣を腰の鞘に収め、首を振った。
「呑気なことを。 人さらいに捕まって、売り飛ばされるのがオチだぞ」
 マリアンネの手が、胸に隠したお守りに触れた。 そう簡単に誘拐されはしない。 相手が複数なら別だが。
「あなたこそ呑気にここにいて大丈夫? あの有名な、緑色の覆面した『緑の騎士』なんでしょう? 生死にかかわらず百グルデンの賞金付きの。 ねえ、今度は何して追われてるの?」
 男はちょっとためらった後、もごもごと答えた。
「代官がアイゼンタッセ街道添いの寄り合い地税をごまかして、倍近くに上げていたんだ。 だから代官の女房の馬車を追いはぎして、宝石と財布をかっぱらってやった」
なんとまあ大胆なことを。 首にかかった賞金が天井知らずに上がるのも無理はない。
「それで儲かるならまだいいけど、貴方の場合はお金に換えて、困ってる人にあげちゃうんですってね? 割に合わないやり方ね」
「義賊だからこそ村人たちが庇ってくれる。 危ないところを何度も逃がしてもらった」
 男は胸を張って言い、静かに首を垂れている愛馬を振り返った。
「今日は夕方からずっと走り続けだったからな。 馬を休ませたいんだ」
「でも……」
「シッ」
 男が不意に身構えて、耳をそば立てた。 また蹄の音が近付いてくる。 今度はさっきとは反対方向からだった。
 突然、外で馬がブルブルと高い鼻息を吐いた。 急に手綱を締められて驚いた声だった。
 その直後、複数聞こえていた馬の足音が、ぴたりと止まった。 続いて、そっと馬から飛び降りる気配があった。 おそらく、逆方向から回ってきて、遂に小屋を発見したのではないかと思われた。

 マリアンネは、素早く首を回した。 草を踏みつける音が、二方向から寄ってくる。 
「箱を閉めて、また隠れろ! 俺は自分でなんとかする」
 顔を寄せて男が素早く囁いた。 だが、瞬時に別の判断をして、マリアンネはスカートを大胆に持ち上げると箱を越えた。 そして、緑の騎士に鋭く耳打ちした。
「ねえ。 服を脱いで私を襲って!」







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