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緑の騎士 -130-
 実りの秋はあっという間に立ち去り、過酷な冬が訪れた。
 ブライデンバッハは大陸の内側にあるため、夏と冬の温度差が大きい。 木々は凍りつき、寺院を訪れる巡礼の足も途絶えた。


 畑が霜枯れしてくると、農民たちは餌を失った家畜を殺し、ベーコンやソーセージ、ハムに加工した。 血の一滴も無駄にせず、料理に使った。
 それでも家畜を飼える農家は豊かなほうだ。 貧農はわずかな穀物の蓄えが尽きると、野草の根まで掘り返して食べた。
 まだ新大陸から輸入したじゃがいもが普及する前で、作物の収穫量は乏しかった。 そのため、神聖ローマ帝国内の諸国では、高すぎる税金に反発して、農民一揆が相次いでいた。


 ヤーコブの治めていた間も、暴動は何度か起きた。 『緑の騎士』として、人々の生活苦を和らげようと努力してきたディルクは、マリアンネと相談して、冬の訪れと共に城と町の修復工事に取りかかった。
 設計や彫刻といった専門分野はともかく、石運び、材木の切り出し、煉瓦焼きなどは、すべて領内の住民を雇った。 動ける者は皆、早朝に町へ出てきて、温かい炊き出しの朝食を貰い、昼過ぎまで働く。 女たちも、作業衣のつくろいや食事の準備などで賃金がもらえた。
 短い冬の日が暮れる前に作業を終え、人々は荷車に揺られて家へ帰っていく。 その前に、ちょっとした買い物をしたりするので、町の経済もうるおった。
 小金を持った農民たちが野盗に襲われないように、ディルクは兵に小隊を組ませて、領地を巡回させた。 ただし、兵の一部がこっそり野盗化する恐れがあるため、毎月組み合わせを代えて用心した。


 この地道な政策は、春になって花開いた。
 寒さが緩んで交通が盛んになると、ブライデンバッハを通る道はどこよりも整備され、町も城もきれいで、巡回部隊が盗賊を防いでいると評判が立ち、巡礼や商人が選んで通るようになった。
 この成功を見たギュンツブルクでも、道路を補修し始めた。 こちらでは町が寄り合いを開いて、整備費の一部を出すことにした。 ブライデンバッハに客のすべてを取られるより、身銭を切っても町を発展させたほうが得だからだ。
 こうして、競争は良い方向に動き、近隣の国々は次々と道や橋を改修していった。


 その冬は寒さが厳しかった。 しかし、ブライデンバッハでは餓死者が出なかった。 当時としては珍しいことで、新しい城主(マリアンネ)と城代(ディルク)の人気は絶大なものとなった。
 不満勢力は、まだ城内にちらほらしていたが、マリアンネが戻ってきたときに比べれば問題にならないほど小さくなった。


 領民が味方についたのを確認してから、二人はようやく婚礼の告知を教会に掲げた。 告知期間中に、異議はどこからも出ず、ディルクは招待客のリスト作りに頭を痛め、マリアンネはドレスや祝宴の準備に追われた。




 結局、自薦他薦の売り込みもあって、婚礼の客は相当な数になった。
 望み通り、淡いブルーの豪華な結婚衣裳を身にまとって、マリアンネは空の精のように美しかった。 たっぷりレースを使って裾広がりにしたスカート部分は、ふくらみかけた腹部を上手に隠してくれた。
 マリアンネは、クリスマス前頃に、初めての子の母になるのだった。
 ディルクも美しく着飾っていた。 テンの毛皮付きのハーフマントの下は、銀糸を交ぜ織りしたきらびやかなベストとブリーチス。 白い革靴のバックルも銀だった。
 祭壇に並び、クッションに膝をついて頭を垂れ、二人は誓いの言葉を述べた。 どちらも胸が迫り、涙ぐみそうになって唇を引き締めた。
 一年前、この日が来るとは夢にも思わなかった。 マリアンネは他の男の妻になった直後だったし、ディルクは失恋の痛みに絶望していた。
 だが今、長年の愛は叶った。 そして、望み以上のものが、二人を取り巻いていた。
 城、身分、財産……。
 どれも借り物だということを、忘れないようにしよう。 マリアンネは強く自らを戒めた。 本当はマリア姫が後継者だ。 たとえ彼女が幸せになるため逃げ出してしまったとしても。
 あくまでも代行だと思っていれば、気が楽だ。 自分たちの力でできるだけの義務を果たして、後は天に任せよう。


 式は、とどこおりなく終わった。 マリアンネはディルクと優しくキスし合い、寄り添って心からの笑顔を浮かべ、腕を組んで教会堂から出た。
 外に集まっていた領民たちから、一斉に大歓声が沸き起こった。 二人の通る後ろに花が次々と撒かれ、教会の鐘が鳴り響いた。
 城に向かう馬車に乗り込んだ後、ディルクはマリアンネを抱き寄せ、揺れから守った。
「気分はだいじょうぶ?」
「ええ、とても元気よ。 私も、この子も」
 そっとお腹をさするマリアンネの手に、ディルクの手が重なった。


 二人の後ろに、延々と馬車や馬の姿が続く。 婚礼の行列は、澄み切った空の下、歓呼の中をゆっくりとリーツ城に入っていった。



[完]










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