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緑の騎士 -129-
 秋の初め、木の葉がまだ色づく前に、ギュンツブルクの都ロートグラナートで、エドムントとアデライーデの結婚式が、厳粛に行われた。
 一日も早く、と急いだため、小規模な祝いになったが、それでも近隣の貴族や城主が列席したし、マキシミリアン皇帝も代理に祝辞を持たせてよこした。
 何より人々をどよめかせたのは、ローマ教皇が特使を送ってきたことだった。 きらびやかな長衣で正装した使いは、花嫁にロザリオの入った金の小箱を贈った。
 これで、ギュンツブルク伯爵の結婚は、教皇の特別な保護の元にあると認められたわけで、アデライーデの立場は非常に強くなった。
 貴族たちの態度がとたんに恭しくなったのを見て、花嫁は嬉しそうだった。 マリアンネはそっとディルクを見上げて微笑を交わした。 教皇が特別扱いする理由を知っているのは、列席者では新郎新婦以外は彼ら二人だけだった。


 今回の式は、初めから大広間で行われた。 そして、執り行った司教も交え、すぐ宴会が始まった。
 結婚ほやほやの二人は、テーブルに着くとすぐ腕を肘で組み合わせて祝い酒を飲んだ。 誰はばかることなく目を見交わし、指で肩を突っつき、大きく口を開けて笑いあっている。 マリアンネは、こんなに陽気なエドムントを見たことがなかった。
「くつろいでいるな」
 新婚夫妻を観察しながら、ディルクはマリアンネの杯を取って飲み干した。 くだけた集まりでは、二人の客が共同の杯を使うことがある。 この祝いでは各人に一つずつ配られていたが、ディルクは敢えて、マリアンネの杯から飲んだ。
「気が合って信用できる人と一緒になれるのが、一番幸せなんだわ。 私たちもそう」
 それから、横目使いでディルクを軽く睨んだ。
「あなたの座席は向こうの三つ目でしょう? どうしてここに?」
「いや、ベトナー卿が席を替わってくれたから」
 コホンと咳をして、ディルクは話題をそらした。
「式次第をよく見ておかないと。 我々のときの参考にね。 前の式は苦しくて、ほとんど何も覚えていないから。
 アデライーデに深紅のドレスは似合っているな」
「ええ、本当に」
「君は何色にする?」
「空色に、金の刺繍とレースを飾る予定なの」
 マリアンネはそう答えながら、頬を染めた。
「仕立て屋が、私の目の色に合うと」
「君の眼は、春の空と海の色だ。 清らかに澄んでいて、奥深い」
 場所を忘れて、ディルクは次第にマリアンネに寄りかかり、胴に腕を回した。
「早く祭壇の前にひざまずきたい。 君が俺のものだと宣言しないと、また持っていかれそうで」
「ディルク……」
「ヨアヒム達のように駆け落ちすればよかった。 ヤーコブの隠し金を持ち出して。
 今からでも遅くない。 二人で逃げないか?」
「ディルク!」
 少し酔った赤い顔で、ディルクは笑った。
「冗談だよ。 でも気持ちは本当だ。 君となら、どこまででも行ける」
 祝いの席は、いわば無礼講だ。 マリアンネも自分の心に従うことに決め、ディルクにそっと抱きついて、腕に顔を乗せた。 そのまま瞼を閉じると、周りの陽気な喧騒が快く体を包んだ。


 忙しく動き回って給仕していた金髪のベルントが、二人の杯になみなみとワインを満たした。 そのとき、小声で言い残していった。
「最高級のモーゼルワインです。 お二人だけ特別にと」
 ディルクは少年にうなずき返し、杯をエドムント達に掲げて祝福を贈った。 相手側でも、高々と杯が上げられた。
 すぐ恋人に向き直って、ディルクは囁いた。
「君に幸せを運べますように」
 銀のゴブレットに手を添えて、マリアンネも囁き返した。
「いつまでもあなたと共に生きられますように」








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