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表紙

緑の騎士 -128-
 ビンツスの足音が遠ざかり、消えるまで、マリアンネはじっと坐っていた。
 背後に侍女たちが控えているため、緊張を表情に表さないよう気をつけていたが、スカートの中の脚はずっと震えっぱなしだった。


招かれざる使者が本当に帰ったのを確かめた後、マリアンネは元気なダグマーを連れて、城の裏にあるハーブ園へ行った。 むしゃくしゃしたときは、体を思い切って動かすのが一番だ。
 下働きしていたときの体力は、まだ残っていた。 マリアンネは飾りのついた袖を遠慮なくたくし上げると、夏の間にはびこった雑草を力任せに抜き始めた。


 ディルクは、翌日の夕方に戻ってきた。 雲が低く垂れ、小雨が降っていたが、マントをひるがえして愛馬から飛び降りた彼の顔は、晴れ晴れとしていた。
 マリアンネはハーブ園の手入れを終え、夕食前に済ませようと、広間の大掃除に取りかかっていた。
 そこへ、城代の帰還を知らせるラッパが鳴った。 マリアンネはパッと顔を輝かせて、埃避けの上っ張りを着たまま、玄関口に走った。
「お帰りなさい!」
 石段を駆け下りながらマリアンネが叫ぶと、部下に指示を与えていたディルクは、振り返って頭を下げた。 同時に、黒ずんで輝く目が、想いのこもった合図を送ってきた。
「只今戻りました。 すぐご報告します」
「雨がひどくなってきたわ。 さあ、城に入って」


 短い夏の終わりを告げるように、小雨は豪雨に変じ、地面や石畳を激しく叩いた。
 露店の主たちが商品をかき集め、人やロバが雨宿りの場所を求めて右往左往する騒ぎの中で、マリアンネとディルクはマントの下に手を隠し、しっかり握り合った。
 回廊を素早く進んでいくうちに、雨音は遠ざかった。 我慢できなくて、マリアンネは後をついてきたイーナを下がらせると、柱の陰にディルクを引き込み、激しく抱きついた。
「ああディルク、あなたがいてよかった!」
 驚いて、ディルクは恋人の顔を深々と覗きこんだ。
「どうした? 行った先はわかっていたのに」
 彼の留守中、コーエンから来た男のことを、マリアンネはかいつまんで話した。
「あやうくコーエンに連れていかれるところだったわ」
 ディルクも体を固くし、顔を強ばらせた。
「クレメンス・フォン・ルーデンドルフは、コーエンの前城主の従兄弟だ。 無口で陰気で、沼のような男だよ」
 マリアンネは身震いした。
「私をそんな男の後添えにしようなんて」
「誰がさせるものか!」
 マリアンネの脇に手を入れ、軽々と胸に抱き取ると、ディルクは耳元で囁いた。
「グートシュタインは、オットー様の弟のカルステン様が継ぐことになったが、まだ九歳なので、エドムント様が後見人として引き取ることが、ほぼ決まった。 皇帝の承認が必要だが、おそらく取れるだろう」
「もうややこしいごたごたは無しね」
 マリアンネはほっとした。 その耳たぶにキスした後、ディルクは更に付け加えた。
「君もカルステン様の共同後見人になった。 権力がエドムント様だけに集まらないようにするという、近隣国の要請だ。
 グートシュタインへの交通料も、払わなくていいようにした。 これからどんどん貿易を盛んにできるよ」
 マリアンネは目を見張った。 物静かなディルクが、こんなにうまく駆け引きをしてきたとは。
「驚いた。 ブライデンバッハには、凄腕の外交官がいたのね」
 そう言って、マリアンネはディルクの両頬にキスし、最後に熱く唇を重ねた。








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