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表紙

緑の騎士 -127-
「その再婚は取り消しになりました」
 必死で気持ちを落ち着けながら、マリアンネは芝居を続けた。
「兄が世を去ったのは悲しいけれど、婚礼をこれ以上無理強いされないですむのは、ありがたいことです。 今度こそ自分の意志で、私は花婿を迎えます」
 ビンツスは、皮肉な表情を保ったまま、ずいと体を近づけた。
「ところで、最近この城では一人の娘が消えたそうですな。 下働きだが、本来はれっきとした騎士の令嬢だとか。 たしか名前は……」
 さっと血の気が引くのが、マリアンネ自身にもわかった。 これはまずい。 コーエンでは思った以上にブライデンバッハの情報を集めている。
 でも、確たる証拠はないはずだ。 最近のマリアンネをマリア姫に似ていると証言できる者もいない。 素顔を知っているアガーテが病死した今は。
 マリアンネは顎をそびやかせ、冷たい眼で使いの騎士を睨んだ。
「突然話を逸らして、どうしたのです?」
 ビンツスは、奥に控えている侍女のほうに目をやってから、懐に手を入れて小さな皮袋を出した。
 その中から現れたのは、金の台にはめ込まれた大きなルビーのペンダントヘッドだった。
「これが、ケルンの宝石店で売られていました。 よくご覧下さい。 奥方様の、つまりマリア様のご愛用の品です。 事情を調べましたところ、美しい妻を連れた若い男が、旅費を工面するために売ったそうです」
 マリア姫とヨアヒムだ。 二人が無事に旅へ出たのを知って、マリアンネはほっとした。
 二人の幸せのためにも、マリアンネはぐっと腹を決めた。 嘘をつくコツは、できるだけ真実を混ぜることだ。
「まあ、よかったわ。 これだけでも戻ってきて」
 ビンツスの顔が、狐につままれたようになった。 すかさずマリアンネは畳み掛けた。
「コーエンからここへ帰る途中、山賊に襲われかけたのです。 侍女に命じて、とっさに森の中へ宝石箱を隠させたのですが、後で探しに行かせたら、そのまま戻ってきませんでした」
 コーエンから連れてきたマリアの侍女達が、城から消えたのは事実だった。 秘密を悟られないため、ヤーコブに追い出されたのだ。
「山賊ではなく、実はヤーコブ様の部下だったという噂もありますが」
「ええ、実はそうなのです」
 溜め息と共に、マリアンネは認めた。
「兄には引き回されました。 政略結婚させられるし、眠り薬で死人のふりを強制されるし」
「目的のためなら手段を選ばずというやつですな」
 次第に、ビンツスの声から力が失われた。 マリアンネの話の辻褄が合っているため、追求に自信がなくなってきたらしい。
 すかさずマリアンネは勝負に出た。
「わざわざ使いに来られて気の毒だけれど、私はもう、振り回されるのに疲れました。 故里のこの城で、静かに暮らしたいのです。 夫となる人は、真面目な働き者で、よく国をまとめてくれると思います。
 そういう事情で、コーエンには嫁げません。 ヨゼフィーネ様に、よろしくとお伝えください」


 王太后の名が出たところで、ビンツスは敗北を悟った。 さりげなく政敵の存在をほのめかすところなど、実に心憎い。 これがあのおとなしいマリア姫でないことはわかっていたが、偽者という証拠を出せない以上、食い下がると逆襲されそうだった。
 仕方なく、彼は優雅に一礼すると、帽子を苦々しく握りしめて、下がっていった。






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