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シギスムントは、木彫りの人形のようにぎくしゃくとマリアンネの体を離し、一歩下がった。
すぐに、戸口からディルクがすべり込んだ。 険しい顔で、手には抜き放った長剣をしっかり握っていた。
「ここで何をしている」
「懺悔〔ざんげ〕だ」
シギスムントのやつれた横顔に、自嘲の笑いが薄く浮かんだ。
「徳の無い君主につくと、どういう末路になるか、身をもって悟ったところだ」
「確かに筋を通すのは必要だ。 徳だけでも世の中は渡っていけないがな」
思いがけない言葉を返し、ディルクは剣を鞘に戻すと、鋭い眼差しで前の二人を見比べた。
「それで、これからどうする?」
シギスムントは、かっと目を見開いた。
「生者の許しはもらえても、死者の耳には届かない。 これから修道院に入るつもりだ。 行かせてくれるか?」
ディルクの頬が、小さく痙攣した。 無言のまま、彼が道を開けると、シギスムントは左足をわずかに引きずりながら、出口へ向かった。
肩越しに振り向いて、ディルクは昔の友の背中を見送った。 その眼差しに、寂しさがにじんでいた。
マリアンネはディルクの傍に歩み寄った。 そっと手を握ると、ディルクはすぐ強く握り返してきた。
「オットー様が、今朝亡くなったんですって。 馬の『事故』で」
それだけで、ディルクにはすぐ察しがついた。 胸を衝かれた様子で、彼はマリアンネを引っ張るようにして、窓に寄った。
やがて、下の庭にシギスムントの姿が現れた。 シャツの上に地味な藍色のマントをまとい、馬の手綱を引いて。
行き交う人々の間を縫って、若い娘が彼に駆け寄った。 彼女に気付くと、シギスムントはぴたりと足を止めた。
娘は腕を伸ばし、しきりに何かを訴えていた。 その腕が、やがて力なく下がった。
二人は、しばらく黙って見つめ合っていた。 それから、シギスムントが祈りを捧げるように深く頭を垂れた。
彼が馬に乗って、静かに城を出て行くのを、娘はじっと目で追った。 そして、見えなくなると、両手で顔を覆って駆け去っていった。
展望室で、ディルクとマリアンネもシギスムントを見送っていた。 良心という安全弁をヤーコブに壊されてしまったシギスムントの苦悩を思うと、マリアンネはやりきれない気持ちだった。
「なぜシギーに暗殺をやらせたの? 平気で人を殺す部下は、他にいたはずなのに」
「踏絵だったんじゃないかな。 本当に忠実かどうか、汚いことをやらせて試したんだろう」
「もしかすると、シギーが緑の騎士だと疑っていたのかしら」
「そうかもしれない。 ヤーコブは猜疑心の強い性格だったから」
ヨアヒムとマリア、それにシギスムント。 幼なじみが次々と遠くへ散って行く。 マリアンネはディルクの背中に腕を巻き、しゃにむに抱きしめた。
「気の毒なダニエラ…… あなたは私を放さないでね」
「刀で切っても離れないよ」
ディルクがマリアンネを持ち上げて頬ずりしたとき、早駆けの馬が前庭に入ってきて、ラッパが吹き鳴らされた。
ディルクは、すぐマリアンネの手を取った。
「オットー様が死んだという知らせだろう。 おそらくエドムント様がグートシュタインへ出向くはずだ」
「あなたも行って。 城代として」
熱心に頼むマリアンネの顔を、ディルクは手のひらで挟み、優しく口づけた。
「すぐ行こう。 君とブライデンバッハ国のために、できるだけ役に立つ話し合いをしてくるよ」
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