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シギスムントが失望し、前途に不安を抱く気持ちは、マリアンネにもよくわかった。 忠誠を尽くしたヤーコブは、もういない。 裏切られたディルクがシギーをどう扱うかは、まだ予想できなかった。
シギーは、両手で拳を作り、焦点の定まらない眼差しを壁に向けた。
「わたしは、取り返しのつかないことをした」
マリアンネは黙っていた。 余計なことを言わないほうが、シギーも話しやすいだろうと思ったのだ。
ゆっくり指を握ったり伸ばしたりしながら、シギーは呟いた。
「ヤーコブ様は決断力がある。 ついていけば間違いないだろうと思った。 だが、あんな恐ろしいことまで……」
私を暗殺しようとしたのを後悔しているのかしら、とマリアンネが思ったとき、シギーがいきなり腕を掴んだので、思わず小さな悲鳴が出た。
「キャッ」
「マリー、助けてくれ!」
「な、なに?」
「殺してしまった」
マリアンネは、あっけに取られた。
「……誰を?」
「グートシュタインの当主だ。 オットー様だよ。 まだ十七歳の」
今度こそ、マリアンネはしびれたようになり、言葉を失った。
ヤーコブは、やはり策士だった。 ギュンツブルクを攻めている間に、もう一人の邪魔者をこっそり裏で始末していたのだ。
「どうやって?」
ようやく口がきけるようになると、マリアンネはおそるおそる尋ねた。 シギーは、顔中が皺になるほど強く目をつぶった。
「馬の腹帯に切り目を入れた。 オットー様は乗馬が大好きだから。 若いせいか、乗り方が荒っぽいんだ。
さっき、彼は朝駆けに出て、落馬して死んだ」
やりきれない気持ちで、マリアンネは手首を掴んでいるシギーの指をそっと外し、改めて彼の手を取った。
「事故にみせかけたのね。 オットー様の父上ユリアーン様のときと同じに」
シギーの眼が、わずかに開いた。
「わかっていたのか?」
「たぶんそうじゃないかと疑ってはいたわ。 ヤーコブ様は私も暗殺しようとしたし」
思いがけないほど素早く、シギーが反応した。 彼は全身を強ばらせて、必死でマリアンネを覗きこんだ。
「わたしじゃない。 あれは違う! 君を呼び出せとは言われたが、まさか弓で狙うとは思わなかった」
「だから、前に立って庇ってくれたのね」
マリアンネは優しく答えた。
「あなたを疑いたくなかった。 これでほっとしたわ」
「信じてくれるか?」
「ええ、信じます」
シギーの体が小刻みに震え出し、そのままマリアンネにもたれかかった。
「決闘で相手を倒すのは何とも思わなかったが、まだ若く、何の落ち度もないオットー様が馬から転がり落ちるのを確かめるのは、ひどい気分だった」
廊下で小さな音がして、ほぼ同時に、硬い声が部屋に響いた。
「シギスムント、マリアンネから離れろ!」
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