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表紙

緑の騎士 -122-
 幾度もキスし、二羽の蝶のようにもつれ合いながら、二人はヤーコブが愛用していた大広間に入った。
 唇が離れているわずかな間に、マリアンネは部屋を素早く見渡した。
「ここは、寝室と三つの小部屋に繋がっているのよね。 端から探していきましょう。 私はこっち、あなたは向こうから」
「一緒にやろうよ。 二人で観察したほうがよく見えるよ」
 そう言いながら、ディルクはヤーコブの椅子に座りこみ、マリアンネを軽々と膝に抱き寄せた。


 半時間ほど甘い時を過ごした後で、二人はようやく立ち上がったが、分かれずにやっぱり手を繋いだまま、同じ方向に足を向けた。
 奥の暖炉に近寄ると、横壁にどっしりとかかったヨハネの絵を、ディルクはいまいましげに見上げた。
「この絵は、前から気にくわなかった。 洗礼をほどこすヨハネが、妙に偉そうに見えるんだ」
 マリアンネも、恋人にならって大きな額を観察した。
「絵の価値はよくわからないけど、あまり上手とは思えないわね。 他は一族の肖像画なのに、なぜこれだけ聖人像なのかしら」
「そうだ!」
 ディルクがいたずらそうな顔つきになった。
「ヤーコブを倒した祝いに、この絵を火祭りにしてしまおう」
 マリアンネは噴き出した。 ディルクは本気なようで、さっそく椅子を持ってきて座面に上がり、長方形の額を外した。
「思ったより軽いな。 まるで羽根のようだ」
 そのまま乱暴に投げ出そうとするのを、下で受け止めたマリアンネは、不審な表情になった。
「きれいね。 埃が落ちてこない」
「ちょっと待って」
 ディルクが、額の上部から壁につながる紐を発見した。 それを引いてみると、額のかかっていた部分の壁に細い隙間ができて、どんどん広がっていった。


 やがて、縦横が腕の長さぐらいの穴が開いた。 マリアンネは、急いで燭台に火を灯し、椅子に乗ったディルクに渡した。
 頭と蝋燭を同時に突っ込んで、中を調べた後、ディルクは満面の笑顔になって振り向いた。
「凄い。 箱に金貨が一杯だ! 宝石もある」
「見つけたのね、ディルク!」
 ほっとして、マリアンネは手を打ち合わせた。


 椅子を降りてから、ディルクは隠し戸の構造を調べた。
「絵を下へ引いただけでは、びくともしない。 いったん持ち上げて留め金を外してから降ろすと、中の歯車が動いて戸が下がるんだ」
「だから絵を軽くしたのね。 こんな大きなものが簡単に動くとは、誰も思わないでしょう。 うまく作ってあるわ」
 マリアンネは感心した。 ディルクは、くすんだ色彩の絵を眺め直してから、ぽつりと呟いた。
「ヤーコブが自分で描いたのかもしれないな。 それにしては上手だが」
「ヤーコブ様は絵がうまかったわ」
 マリアンネは昔を思い出した。
「楽器も達者で、いかにも優雅な貴族だった」
「努力家だったのは認めるよ。 見栄っ張りの母親の血だけでなく、君と同じ父君の血筋も受け継いでいるんだから」
 これで、城の家計は安泰だ。 胸を撫で下ろした二人は、また椅子に重なり合って、首筋にキスしたり髪に指を入れてくしゃくしゃに乱してみたり、恋人同士の語らいを始めた。






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