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表紙

緑の騎士 -113-
 幼なじみの二人が新天地をめざして去ったと知り、ディルクの気持ちは高ぶった。
 一刻でも、一瞬でも早く、マリアンネに会いたかった。 彼女の無事を確かめ、この腕で抱きしめたい。 まだ未来が読めないだけに、獏とした不安が心を揺らした。


 マルシュナー館の敷地には、まだ焦げた臭いがかすかに漂っていた。
 崩れかけた廃墟の横を、ディルクは急いで進んだ。 貯蔵小屋は予想した通り、しっかりと建っていたが、火の粉の飛んだ個所が黒ずみ、荒れ果てた風情だった。
 ディルクは、馬の横腹につけた物入れからワインと干し肉と黒パンを取り出し、がたついた粗末な扉を開けて、低く呼びかけた。
「マリアンネ! マリー!」


 薄暗がりの中にスカートがひらめいて、柔らかい体が飛びついてきた。 二人は固く抱き合ったまま、ダンスのように二度、三度と土間を回った。
「マリー、俺のマリー」
「待っていたわ。 あなたは無事か、そればかり考えて」
 数え切れないほど口づけを交わした後、ようやく二人はまともな話ができるようになった。
「戸口を見て。 食べるものを持ってきたよ」
「ありがとう! ここは食料庫だけど、今は誰も住んでいないから、空のワイン樽しかないの。 水は外の井戸で飲んだわ」
 ディルクは小さな蝋燭を持ってきていた。 それに火をともして粗末なテーブルの真ん中に置いた後、二人はいそいそと食料を並べ、ぐらつく椅子を引き寄せて、さっそく食べ始めた。 質素な食事なのに、二人で並んでいると楽しくて、目が合うたびに微笑みがこぼれた。
 ヤーコブを一騎打ちで倒した経過を聞くと、マリアンネはパンを取り落とし、腰を浮かせてディルクに激しく抱きついた。
「ああ! あなたが勝って本当によかった!」
 それからゆっくり身を離し、複雑な面持ちで首を垂れ、十字を切った。
「彼は薄情な人だった。 昔から好きではなかったし、危うく殺されかけたけど、半分血がつながっている身だから、死を喜ぶことはできないわ。
 父上のゲールハルト様は敬虔な信徒だったのに、どうしてヤーコブ様は無慈悲な野心家になってしまったのかしら」
「母后のせいだろう」
 ディルクは苦い口調になった。
「クロジンデ妃は高慢ちきで、ヤーコブを特別扱いし、俺たちと遊ばせなかった」
「そうだったわね」
 マリアンネは小さく溜め息をついた。
「そのせいで、ヤーコブ様は友情を学べなかった。 気を許せる友達ができなかったんだわ」










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