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表紙

緑の騎士 -110-
 返り血を浴びないよう身を避けると、ディルクは少しの間、荒い息が静まるのを待った。
 それから、息絶えたヤーコブにはもう見向きもせずに、落ちているマントで剣を拭った後、そっと部屋を抜け出した。
 彼が駆け下りていったのは、中央閣の外れにあってほとんど利用されていない古い階段だった。 誰にも見つからず一階に降り立つと、ディルクは建物の壁伝いに礼拝堂の裏手に行った。 そして、納骨堂の小さな窓を開いてすべり込み、あっという間に偽物の棺の中へ消えた。


 北国は、晩夏でも日の出が早い。 ディルクがマルトリッツ城の西門にたどり着いたのは、空が白々と明るくなってきた頃だった。
 西門の門番には話を通してあった。 合図に麻のハンカチを三度振ると、門がきしみながら細く開いた。
 ディルクは急いで入り込んだ。 重い扉は、ただちに閉められた。
「何か変わったことは?」
 ディルクの問いに、門番は首を振った。
「いいえ、静かですよ。 川に破船杭を沈めたのを知って、船は下ってこなくなりましたしね」
「よし。 エドムント様にすぐ報告しなければならないことがあるんだが、まだお寝みだろうな」
 門番は庭を見回した。
「守備隊長のベックマン様なら、さっき見回りの報告を聞きに来られましたよ。 あの方は本当にタフだ」
「そうか、どっちへ行ったかわかるか?」
「そろそろ見張りを交代させようと言っておられましたから、たぶん前庭でしょう」
「ありがとう。 お互い徹夜で大変だったな」
 ねぎらいの言葉を残して、ディルクは急ぎ足で前庭へ向かった。


 ベックマンは、確かにかがり火の傍で、眠そうな兵士達の振り分けをしていた。 彼は、小走りでやってきたディルクを目に留めると、任務を副官に任せて、すぐ彼を出迎えた。
「どうだった?」
「安心してください。 決闘で倒しました」
 すぐに、ベックマンの逞しい顔に安堵と賞賛の笑みが広がった。
「見事だ!」
「でも、まだ安心はできません。 敵は援軍を呼んでいました」
 ディルクがクラテンシュタイン侯爵の手勢について話すのを、ベックマンはじっと聞き入った。
「なるほど。 一週間以内に到着か。 今はまだ、兵力を集めている最中だな。 行軍に二日かかるとして、まだ四、五日は余裕がある。 その間に、リーツ城の明け渡しをさせないと」
 低く呟くと、ベックマンは太い腕を伸ばして、ディルクの肩を叩いた。
「最初はブライデンバッハからの花嫁一行などこの城には要らないと思ったが、どうしてどうして。 君達を味方にできて、我らは本当に幸運だった!」











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