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表紙

緑の騎士 -107-
「協力するよ。 俺たちもおまえにはずいぶん世話になったからな」
 ディルクは、芋虫のように手足を縮めて横たわった老女を一瞥〔いちべつ〕して、首に下げた鍵が襟からこぼれ出ているのを見つけた。
「よし、これで中庭へ出られるぞ。 今はギュンツブルク攻撃の真っ最中だから、城の見張りは手薄だろう。 俺一人で任務をすませよう」
「だが」
「心配ない。 おまえはマリア姫を連れて、秘密の通路から逃げろ。 俺の馬を使っていい。 森の中は手に取るようにわかるから、逃げ道には困らない」
「……すまない。 それでは、後を頼む。 とりあえず、レギーンの家へ行くよ。 あそこなら、軍勢のうろうろしている中を突っ切らずにすむ」
「そうしろ。 では、くれぐれも用心して」
 最後の言葉はマリアに宛てられたものだった。 マリアは大きなうるんだ眼を伏せて、おっとりとうなずき、ヨアヒムに抱えられるようにして、納骨堂の薄闇に姿を消した。




 それから三時間ほどして、リーツ城内がにわかに騒がしくなった。 ギュンツブルクのマルトリッツ城を攻め落としそこねた軍勢が、戻ってきたのだ。
 負傷者を抱え、腹いせに市場を略奪してきた兵士たちは、門を開けるのが遅いと当番を怒鳴りつけ、疲れた足を引きずって入ってきた。
 騎士たちも同様だった。 自前の武器は傷み、大事な馬を無くした者も多く、みな意気消沈していた。
 だが、愛馬の葦毛エルフェンバイン号にまたがって帰ったヤーコブは、とぼとぼと中庭に集まった部下たちに、朗々と声を張り上げた。
「どうした! 敵の準備は思ったより周到だったが、すべて手の内をさらした。 もう後はないのだぞ!
 奴らは勝手に、攻撃はこれまでだと思っているかもしれないが、そうではない。 次の手を打ってあるのだ。 縁者のクラテンシュタイン侯に使いをやった。 二千の手勢を率いて、少なくとも一週間後には来るそうだ」
 うなだれかけていた戦士たちに、どよめきが走った。 次第に活気が戻ってくるのを見届けてから、ヤーコブは一文字に口を引き結ぶと、階段を勢いよく上っていった。


 長い螺旋階段の途中で、ヤーコブはいったん足を止め、松明の炎が揺れる石壁に寄りかかった。 後を従う従者も立ち止まり、主人を見上げた。
 ヤーコブは、手甲をつけたままの右手を、開いたまま壁にビシッと叩きつけた。 怒りのにじむ声が唸った。
「畜生! あのぼんやりしたエドムントに計られるとは……!」
 向きを変え、壁に背中をつけると、ヤーコブは更に呟いた。
「いや、あいつだけじゃない。 知恵をつけた者がいるはずだ。 わたしをよく知る者、作戦に気付くほど頭の回る者……」
 ヤーコブの横顔が、狼のようにそそげ立った。
「まさか、ディルクの奴ではあるまいな」









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