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表紙

緑の騎士 -102-
 ディルクが空家の放火を説明していると、馬を引いた騎士がもう一人やってきた。 茶色のマントがますますみすぼらしくなったヨアヒムだった。
「おう、おまえも無事だったか」
「知らせを聞いて、すぐ来たんだ。 隠れ家はえらく退屈でな」
 そう言うと、ヨアヒムは背後を振り返り、藪の外れに姿を現した少年を手で指した。
「あいつ、生意気だがなかなか気が利く。 それに、どんどん背が伸びるな。 一週間前より大きくなった気がするぞ」
「そんなことはないだろうが」
 ディルクが笑った。
「役に立つのは事実だ。 そのうち、いい騎士になるだろう」
 そこへ、新たな蹄の音がした。 従者のペーターも入れて、四人の若者は、はっと身構えた。
 足元のおぼつかない森の中なのに、馬が二頭走ってきた。 先頭の男が、集合場所を見つけるとすぐ飛び降り、手綱を後ろの連れに任せて、急ぎ足で近付いた。
「皆いるな?」
 ロタールだった。 すでに鎧で武装している。 眦〔まなじり〕を決して、普段より厳しい表情になっていた。
「いよいよ始まるぞ。 ヤーコブは無慈悲そのものだ。 実の妹を殺して棺に入れ、開戦の口実にした」
 男達は愕然として顔を見合わせ、マリアンネは震え上がった。
「では……マリア姫を?!」
「そうなんだ」
 沈痛な顔で答えるロタールを見て、マリアンネは激しく泣き出した。 おとなしくて、いつも兄に従順だったマリア。 たった一度逆らったのが、部下の騎士と駆け落ちしたときだった。
 これが、その報いなのだろうか。 どこで見つかって捕らえられ、命を落とす羽目になったのか。 ヤーコブとは似ても似つかない優しさを持っていたマリアを思って、マリアンネは涙が止まらなくなった。
「なんという人。 ヤーコブは鬼だわ」
「もう生かしてはおけない」
 珍しく、ヨアヒムが深刻な表情になって呟いた。


 手回しよく、ロタールは従者のアロイスに命じて、ディルクとヨアヒムの武具を持ってこさせていた。 彼らが鎧と手甲、足覆いを手早く身につけ、長剣を腰に下げるのを見守りながら、ロタールは改めて、マリアンネをどこへ隠したら最も安全か、相談した。
「月並みだが、聖アガーテ女子修道院はどうだ?」
「いや駄目だ。 あそこはヤーコブの息がかかっている」
「本当か! では、川向こうの船着場にある船頭小屋は? デメルの親爺は偏屈だが忠実で、信用できる」
「それより、さらに安全なところがあるぞ」
 ヨアヒムが不意に口を挟んだため、しーんと場が静まった。






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