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持ち物は、足さばきの邪魔になる重いドレスと、黒いマント、それに、肌身離さず持ち歩いているお守りだけ。 金も食料もないが、マリアンネは緑の下草を踏んで大地に立つなり、木の梢を見上げて一杯に腕を広げ、のびのびと深呼吸した。
これでやっと、リーツの城を出られた。
それは、十六の春からずっと待ち望んでいたことだった。 ごたごたの元になるのは沢山だ。 それに、前の奥方を密かに殺したという噂のある隣国の城主へ嫁ぐのも、勘弁してもらいたかった。 夫との不仲を苦にして、奥方のほうが自殺したのだという説も、あることはあったが。
「マリアが逃げ出した気持ち、よくわかるわ。 さあ、後は暗くなる前に小屋へたどり着くことね。 ここからだと……お日様がアイヒホルンの丘にかかる前に、きっと行けるわ」
マリアンネはまず、どっしりしたスカートの裾を持ち上げ、背中に回してしっかりと結んだ。 それから、マントを畳んで手提げのように腕に巻きつけ、太陽を目印に早足で進んだ。 お日様と星は裏切らない。 季節の変化をちゃんと考えに入れさえすれば。 今は夏の盛りで、気温が低くないのがありがたいことだった。
ライン河から分かれ、小さな支流となったペルレ川が、せせらぎの音を立てて右手を流れていった。 慣れ親しんだその響きが聞こえたので、マリアンネはホッと肩の力を抜き、少し速度を緩めた。
これからは、小川に沿っていけばいい。 次第に景色が見慣れたものになってきた。 大丈夫。 確実に国境へ、そして今夜の休み場所へ近付いている証拠だった。
予定通り、太陽が丘に没する前に、マリアンネは朽ちかけた小屋に達することができた。
そこは、昔の炭焼き小屋だった。 八年前に持ち主が死んでからは、荒れるにまかされている。 森の奥の窪地にあって人目につきにくいため、追いはぎが住み着くこともなく、マリアンネにとって安心できる隠れ家となっていた。 去年の嵐で枝が落ちて屋根が壊れたとき、倒木を使って修理したため、外から見るより頑丈で、居心地は悪くなかった。
薄暗い小屋に入ると、マリアンネは真っ先に、部屋の一隅を占領した大きな木箱に近付いた。
それは、前の持ち主が木槌や鉈〔なた〕を入れておいた道具箱だった。 また、ベッドや机の代わりにもしていたらしい。
マリアンネは、その箱の横の床を工夫して二重に仕上げ、隙間に少しずついろんな物を貯めていた。 ヤーコブが侍従長に言付けて渡してくれる小遣い、頭巾や靴下や手袋、聖書、蝋燭、旅先できっと必要になる胃薬と傷薬、そして火打石。 弓矢も手に入れたかったが、これはなかなか難しかった。
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